慈濟傳播人文志業基金會
強い意志で 欲念を克服しよう
欲念を調伏して生活を簡素化し、地球を保護すれば、人々は安穏に暮らせる。
志気を以て欲念を克服しよう。
 
地球温暖化による極端な気候変化は大きな災害を絶えずもたらしています。朝会の時、上人は、「人類はこの地球の資源に頼って生きていますが、一方、環境を破壊して大地を傷つけていることも事実なのです」と指摘されました。
「世の中のすべての形ある物は有限の資源です。いつかこれらの資源も使い尽くせば、それは地球が壊滅することにも繋がっていくことでしょう。それなのに、人間は浪費によって環境を汚染し、その悪影響が拍車をかけていることは目に見えています。もし平穏な日々を長続きさせたければ、人々はもっとこの大地を愛し護るべきではないでしょうか」
「菜食をし、簡素な生活を心がけて実行すれば、地球温暖化を緩和するのに効果がある」と科学者も立証しています。
ですが、道理は知っていても決意を堅く持続する人が少ないようです。マレーシアに住む五歳の陳宋豪ちゃんは、幼稚園で「野菜の国パスポート」という一カ月間の菜食活動に参加しました。ところがある日、ちょっとした不注意でお肉を口にしてしまいました。罪の意識を感じて悔しい思いをしたので、その日のチェックのマスに「×」と書きました。そして新たに願を立てて、活動が終わっても引き続き菜食に努めようと決心したのです。家の人も宋豪ちゃんに合わせて菜食を今もしています。
「五歳の幼児でさえ自分の意志を貫いているのですから、大人はなお志気を高めて貪欲に負けないようにと願っています。ご馳走を食べたいと思う欲望を抑え、生活習慣を変えれば、大地を護って平穏無事な生活ができるようになるでしょう」
 
一念の初心を永遠に
 
花蓮慈済病院は八月で創業三十周年を迎えました。十三日と十四日に「愛の医療三十年 初心を忘れない」と「心の故郷に回帰しよう」をテーマとした祝賀活動や競技を行いました。
「三十年間医療事業を今日まで続けてこられたのも、当時あの一念発起があったからでしょう。そして諸々の因縁が合わさって成し遂げることができたのです」。上人は、土地探しから建設資金集め、そして医療スタッフの招聘まで、病院の建設計画中に生じたさまざま困難を回顧なさいました。「幸いに、どのような難関に直面しても、いつも助けてくれる人が現れて、乗り越えることができました」と上人は感謝されました。
医療や建築分野の専門家たちに無償で協力してもらっただけではなく、また大勢の慈済ボランティアも病院の建設基金を集めに奔走したのです。上人は、高愛さんの例を挙げられました。高愛さんは経済的な余裕がないのに、野菜や果物を行商する傍ら、慈済病院の建設費に寄付するため、早朝には「華中橋」という橋の清掃婦の仕事を九年間も掛け持ちました。八十歳を過ぎた在今も、休むことなく積極的に慈済の活動に参加しているのです。「まだまだ元気です。微力ながらも尽くしたいと思いますよ!」と高愛さんは言いました。
大勢の古参ボランティアは、若い頃からずっと慈済志業のために尽くしてきました。「たとえ路上で転んだとしても、立ち上がったら身についた砂を払わずに、病院建設のセメントに少しでも加えたい」と言っていました。「ですから慈済病院はセメントだけではなく、慈済人の心血を注いだうえに完成したものとも言えるでしょう」
台湾には無数の愛と善があります。上人は、「このような愛が満ちた病院を大切にし、そして現在台湾にある六つの慈済病院が心を一つにして、互いに協力し合って、素晴らしい慈済志業を永続させましょう」と医療志業に携わる人達を励まされました。
 
生と死は縁に任せる
 
あるボランティアは働き盛りの息子を病気で亡くしました。わが子の死という悲運に打ちのめされていた母親を導くため、上人は、「すべては因縁であること」と仏典の物語を語られました。
ある商人は馬車に荷物を載せて城内へと急いでいました。ところがあと三里の道程というところで馬が足を止めてしまい、前へ進まないのです。途方に暮れた商人は、別の馬と取り替えて引き続き城内に向かって行きました。その日の夜、寝ていた商人はあの足を止めた馬の夢を見ました。夢に現れた馬は次のような話をしました。「前世ではあなたは靴職人でした。ある日、一足の靴が盗まれたことで怒りが抑えきれず、『あの靴を盗んだ泥棒は、来世に百里の道程を私に返さなくてはならない』と罵りました」。こういう訳で、当時の泥棒がその馬で、靴職人が商人とのことでした。「私があなたに返すべきものはその百里の距離だけで、足を止めたのも当然です」と馬はさらに言いました。
弁済はもちろん、恩返しも同様です。親と子の間で、もし恩に報い終えたら、母子の縁を終えなければならないでしょう。「人には皆それぞれ因縁があります。生と死とは自分が予期できるものではありません。息子さんはこの世の縁が尽きたのだから、あなたが煩悩を断って初めて、息子さんも安心して自由になって行くべき所へ行って楽になれるでしょう。これこそが真の済度なのです」。母親が気持ちを切り替えて息子を祝福すれば、亡くなった息子も安らかになり、次の人生へと進むことができ、人々に好かれる子に生まれ変わることでしょう。
「人間はあの世へは何も持って行くことができず、ただ今世での果報が身にまとわり着いていくのです。前世の善悪の行為によって報いを受けるために、現世で自分の思い通りにいかないことがしばしばあるのです。仏法を聞き、菩薩の修行の道を歩むと決意し、努力しなければなりません。人々と良好な人間関係を築き、自分なりの生き方をしっかりと守りましょう」
(慈済月刊五九八期より)
NO.240