慈濟傳播人文志業基金會
好奇心が始まり
中学生の時、人と違うことをしたくて変わったタバコを吸ってみた。タバコを吸う習慣が麻薬中毒の前兆だとは、当時は思ってもみなかった。
 
中学生の時、好奇心からアンフェタミン(覚醒剤)を使用した。
青春時代に人と違ったことをしたいと思い、普通の人が吸うタバコでは面白くない。同級生がアンフェタミンを混ぜたタバコを持ってきたので吸ってみたら、とてもハイな気分になった。初めのうちは同級生がただでくれたが、やがて買うことになり、値段は安かった。その当時はタバコを吸う習慣が麻薬中毒の前兆になるとは思ってもみなかった。
先生が授業をしている時に教科書を机に立て、ライターでアルミ箔に乗せた粉に火をつけると煙が上がった。初めはタバコのように吸っていたが、やがて鼻から吸うようになった。
アンフェタミンを吸い始めてから、眠れなくなると同時に幻覚が生じるようになった。その症状を抑えるために、十八歳からヘロインを注射するようになった。その年、初めて薬物所持で逮捕され、四カ月の刑が下された。それから十数年間、刑務所を出たり入ったりした。
両親は共に純朴な農民で、自分が友人から「ジャンキー」と呼ばれていることが信じられなかった。そして、更生施設の中で自分が何の価値もない生き物であることに気づき、狼狽した。
同じ監房には二種類の人が入っていた。一級危険薬物であるヘロインの常習者と二級危険薬物であるアンフェタミンの常習者である。更生(離脱)過程では、アンフェタミン中毒者は眠ってばかりいて、目が覚めると食べ、食べ終わるとまた、熟睡する。収監されて十日ほどで数キロ体重が増える。
一方、ヘロイン中毒者は最初の一週間程は眠れず、食欲もない。そして、体中が痛んで鳥肌が立ち、時を選ばず嘔吐と下痢を繰り返す。食事を差し入れてもアンフェタミン中毒者が食べてしまう。
双方の中毒者は自然に部屋を二分してごろ寝する。少しでも私たちの苦痛を和らげてくれるのは冷たい水を浴びることだった。冷水を浴びると毛細血管が収縮して苦痛が和らぐ。その時、アンフェタミン中毒者は私たちを思いやり、先に冷水を浴びさせてくれた。
そういう強烈な「禁断症状」は一般的には、五日間から七日間持ちこたえれば楽になるが、中には気を失ったりショック状態に陥る人もいた。
しかし、これほどの苦痛を味わっても、薬物が欲しいという考えが脳裏から離れられないのだ。
 
目先の苦痛を和らげるために
人格まで失う
 
何度目かに出所した時、母は家に鉄格子の扉を取り付けて、私が外の世界と関わりを断つことで薬物と縁を切らせようとしたことがあった。当時、私は幻覚と幻聴に悩まされ、体重は四十キロほどにまで落ち、鉄格子の隙間から抜け出て麻薬を探し求めこともあるが、そこから中に入ろうとした時は入れなかった。
麻薬を繰り返し、何度も刑務所に入った。父に勘当されて路頭に迷っても、麻薬を追い求めた。一時的に禁断症状を抑えるための欲望はとても強く、親を裏切ってでも手に入れたいほど強烈だった。そして、例え、どぶの水を使ってでもヘロインを注射できるならそれでもよく、早急に禁断症状から抜け出ることが最重要課題だった。
麻薬中毒でどんなにみっともなくても構わなかった。肉体的中毒は断ち切れても、精神的に断ち切るのが難しかった。家や刑務所に閉じ込められても、心の牢屋ほど辛いものはなかった。
 
 
NO.240