慈濟傳播人文志業基金會
楽しい記憶に戻って
80歳を過ぎた簡お婆さんは中度の認知症を患っており、いつも周囲の人や出来事を忘れてしまう。しかし、いくつかの記憶は体の細胞に刻み込まれたように、ある状況下で極自然に現れてくる。
大林慈済病院認知症センターの社会福祉人員と臨床心理療法士の励ましで、お婆さんは古いミシンを引っ張り出してきて、かつて、数多くの学生を教えた裁縫の先生に戻ったように素早く生地を縫い合わせた。
その日、お婆さんは作品を完成させることはできなかったが、それでも皆は希望を捨てず、取り戻した一瞬の記憶も残さなければならない。
 
台湾の六十五歳以上の人口中平均して十二人に一人が認知症に罹っている。


八十歳になると五人に一人の割合となる。

認知症はこの高齢化社会で誰もが抱える課題である。

家に帰る道が分からない。家族の名前が出てこない。今日は何日か分らない……。患者は記憶をなくし、家族は落胆する。

あなたは予防策と対処法の準備はできているだろうか?

 

先程まで「このスープが好き。持って帰りたい」と騒いでいたのが、次の瞬間、電車で隣に座った人に、「これは何? 私はどうしてこんなものを持っているの?」と聞く。

記憶がつながらず短くなっている。家を出たり、車に乗るだけで記憶がなくなり、絵を見たり自分の名前を書き写すこともできなくなる。

左が正常な人の大脳で、右が認知症の人のものである。頭部のMRI画像で、認知症患者の脳が萎縮し、数多くの空洞ができていることが分かる。その空洞によって記憶が繋がらなくなり、果ては消失してしまう。
(写真の提供・大林慈済病院)
 

幻想と物忘れが重複して訪れる

認知症患者家族の困惑

 

「時々私が仕事に出かけている時に、母はこっそり家で料理をします。一日に鍋三つ分も料理するのです。時にはそれを隠しておくので、腐ってから皆が気づくのです」。雲林県北港町に住む黄燕飛の母親は中度の認知症だが、外出したり人との会話を見るかぎり正常に見える。注意して観察しなければ、彼女が認知症を患っていることに気づくことは非常に難しい。問題を発見できるのは朝から晩まで一緒にいる家族だけである。

黄燕飛はある日、従弟から怒られた。「どうしておばさんにご飯を食べさせないのか?」と。話の一部始終を聞いて分かったが、母親は従弟に「三日も食べていないのよ。餓え死にしそう」と訴えたのだそうだ。

母親はもちろん食事をしているが、そのことをすっかり忘れていたのだ。いつも無制限に食べ続けるので、食後は仕方なく食べ物を隠すようにしている。また、母親が飼い犬に一日に二十回以上も餌を与え、三匹の犬は危うく食べ過ぎで死にそうになったこともあった。

母親が認知症になってからの変化と言えば、何回も「お腹いっぱいになった?」と聞いたり、誰それが自分のへそくりを盗んだようだとこっそり言うので変だなと思っていた。しかし、よく考えてみると、それが事実でないことが分かる。やがて独り言を言うようになり、家族に対して悪態をつくようになった。

「泥棒が入るのを心配してあまり外に出ないのは、よかったですが」。母親の幻想はひどかったが、少なくとも黄燕飛は認知症の母の徘徊を心配する必要はない。

この家庭の状況は特別なものではなく、世界中の認知症患者とその家族の縮図である。

 

認知症候群は

世界で進行する一大問題

 

認知症はもう耳慣れない用語ではなく、多くの人が徘徊や時間を忘れるなどの症状について知っている。国際認知症協会(ADI)が発表した二〇一五年の報告によると、全世界の認知症患者の数は四千六百万人に達し、平均して三秒に一人の割合で増えている。ここから推測すると、二〇五〇年には一億三千万人に達する。

この数字は日本の人口または台湾の人口の五・六倍に匹敵する。それよりも心配なのは、治療が難しいことである。一九〇六年に発見されてから今日に至るまで、医学界では有効な薬を発見できないでいる。わずかに神経伝達を速める薬で初期の認知症患者の症状を目立たなくするだけで、本質的には症状は進行し続けている。

認知症によって直接死に至ることはないが、患者の生活の質や免疫系統、運動能力など多方面で低下が見られ、間接的に死に至る。アメリカでは認知症の中で最も高い割合を占めているアルツハイマー病を十大死亡要因の中の第六番目に挙げており、その危険性の高さが分かる。

アルツハイマー病患者の平均余命は八年から十年である。どうやってその間に認知症の危険性を最低限に抑え、彼らに正常な生活能力を持たせ、発症を最後の半年に濃縮させるか、今でも全世界が努力している。

認知症
 
 認知症は大きく退化性と血管性の2種類に分けることができる。退化性認知症はアルツハイマー症が最も多く、その主な原因は脳細胞に異常なタンパク質が溜まって海馬と前頭葉または側頭葉を侵し、正常な細胞が壊れてしまう。
 血管性認知症は、脳卒中や慢性血管疾患によって脳内の血液循環不良が起き、脳細胞が死滅することで起こるものである。この場合、対処療法を取れば、比較的大きな改善余地がある。
 双方の認知症の比率は6割と3割を占め、残りの1割は外傷や栄養失調、新陳代謝異常などの要因で起こる。
 

高齢化が急速に進む雲嘉地区

大林慈済病院認知症センター設立

 

二〇一六年六月、内政部が発表した人口高齢化指数の統計によると、嘉義県が最高齢で、六十五歳以上の人口が県の総人口の十七パーセントを占め、全国平均を大きく上回っている。その次が雲林県であった。嘉義大林慈済病院の統計によれば、病院を訪れる患者の四割が六十五歳以上の老人である。お年寄りが多いということは潜在的に認知症患者も多いということである。

二〇一一年、大林慈済病院の神経内科主任になった曹汶龍は、診察に訪れた患者の多くが認知症のお年寄りで、そして、その多くが重い症状になってから来院し、家族もなす術を知らないことに気がついた。認知症と老化現象は異なる。認知症は記憶力が低下するほかに認知機能や空間認知、運動機能、社交性の低下などがある。例にとると、老化はある物事を忘れても後で思い出すが、認知症の場合は自分が言ったことやしたことを完全に忘れてしまう。それ故、患者は他人の話が理解できなかったり、性格が変わったようになってしまう。

認知症の治療法はないが、早期に発見して健康保険内の薬を使えば、比較的質の良い生活ができるようになる。曹汶龍は雲嘉地区では認知症を正面から取り上げるべき問題だと感じ、二〇一二年九月、大林慈済病院に認知症センターが設立され、認知症専門の外来が設けられた。曹汶龍と個別案件管理療法士の劉秋滿、臨床心理療法士の許秋田が担当している。

地域社会で潜在的な認知症患者を捜し出して早期に治療するために、曹汶龍と許秋田はいつも地域で村長や町長を訪れ、自治体の協力を得て健康検査ができるよう働きかけている。

医療チームは慈済ボランティアと密接に協力して雲林、嘉義、台南、高雄などで「認知症ケアボランティア養成講座」を開き、「認知症簡易観察尺度 ADー8」を知って使えるよう指導している。それによって常時地域で判定活動を行うことで、早期に認知症患者を見つけ、適時に治療が受けられることに期待している。

曹汶龍が積極的に推し進めた結果、二〇一三年に嘉義県衛生局と共同でADー8判定を各町村の総合検診の一項目に取り入れた。

曹汶龍によると、以前、認知症患者が家族に付き添われて病院を訪れていた時、外来から臨床心理療法士による認知症の判定、MRIと血液検査の後、健康保険局で薬物使用資格が審査される。一通り終わるまでに数カ月を要し、病院に来る回数が五回を下らなかったため、多くの症状がはっきりしない早期の認知症患者は病院に行くのを嫌がっていた。

この問題を解決するために、認知症センターはVIPが受けるような検査方法を取り、地域での検査と共に認知症患者に早期の発見と治療ができるようにした。

また、臨床心理療法士を第一線に置いて、地域での検査の時、ただちに異常と認められたお年寄りの判定ができるようにした。もし、認知機能に障害があると認められた場合は家庭訪問をして家族に理解を求めると同時に、認知症センターにさらなる検査の連絡をする。患者が病院を訪れた日にすぐMRIと血液検査を行い、二回目の来院には薬がもらえるようにし、医療現場で発生する煩雑な手順を大幅に短縮した。

大林慈済病院認知症センター外来の曹汶龍主任(右)は患者のお年寄りと和らかに接する。患者と年齢が近い彼は、親身に患者と家族の問題に聞き入っていた。
毎週木曜日の午後、認知症センター社会福祉人員の張益榕は家庭訪問を行っている。一度に2家族しか訪問しないが、長い時間を要することが多く、認知症患者の記憶が途切れ途切れなため、何度訪問しても、同じ会話が繰り返される。
 

薬物治療と同時に生活に付き添う

 

大林慈済病院認知症センターは患者の会と家族を支援する団体を設立した。医師や看護師、栄養士、物理療法士、社会福祉課人員、ボランティアなどから成っている。

劉秋満は病棟の看護師だった。自分はお年寄りを世話した経験が豊富だと思っていたが、認知症患者ケアの仕事を始めて容易ではないことを知った。「寝ない時はどうしたらいいでしょうか?」と家族から質問された時、「昼間の睡眠が多過ぎるのではないですか?」と彼女は直感的に答えた。それが認知症の進行過程によるものであることを彼女は後で知ったが、このような「精神面の症状」が家族にとって最も困難である。

「方法としては、患者の昼間の活動量を増やし、抗神経疾患の薬を投与するのです」。劉秋満は今は簡単に家族からの様々な問題に答えることができるようになった。しかし、親身になったり話を聞くことの方が大事だと彼女は言う。というのは、方法を教え、薬を投与しても、現実的に起きる状況に対しては病院が介入できるわけでなく、家族の辛さを聞いてあげることが一番良いのである。家族支援団体の活動を通して、認知症患者を抱える家族は互いにケアの仕方や経験を話して交流することで助け合い、不安を取り除くことができる。

家庭訪問も認知症センターの特色の一つで、時間とコストを惜しまない重要なケアである。毎週木曜日が社会福祉部の張益榕の定期的な家庭訪問の日で、彼女は新しいケースと古いケースの二つの家庭を訪問することにしている。新しい方はこれからも治療をしていくのかどうかを確かめ、古い方は家での活動状況や生活上の困難を聞く。認知症のお年寄りの中には子供と同居していない人も少なくなく、外国人の介護士だけが付き添っているため、余計に社会福祉スタッフのケアが必要になる。

家庭訪問することで相手の本当に必要としていることが分かると張益榕は言う。ある日、中度認知症のお婆さんの家を訪れて会話をしていた時、お婆さんが昔は裁縫の名人だったことを知った。そして、話が進むうちに、お婆さんは彼女を客と思い込み、洋服を選び出した。彼女はお婆さんの言うがままに話を続け、人生で最も輝いていた時期を思い起こさせた。しかし、お婆さんが洋服のデザインを描こうとした時、描けなくなっていたことに気づき、その夢はそこで終わってしまったのだが。

「私は以前、この仕事をして何が見えてくるのだろう、お年寄りたちに希望はあるのだろうかと疑問に思ったことがありました」。しかしやがて、患者の薄れてゆく記憶を止めることはできなくても、彼らを愛することはできると理解した。

記憶保養クラスでは臨床心理療法士がお年寄りたちに知能テストして病状の判定を行う。
 

病院から地域社会に入ることで予防ネットワークを築く

 

外来診察、患者の会、認知症センターの設立、地域での判定まで、今では家族の参考になるよう、認知症に関するガイドラインを発行している。様々な段階の中で最も注目すべきは地域の「記憶保養クラス」の開設である。

二〇一四年七月、政府は長期ケアの問題を重視するようになり、衛生福祉部は全国に二十二カ所の認知症長期ケアの地域拠点を開設した。大林慈済病院認知症センターは数多くある病院の中で突出しており、唯一嘉義県の認証を得ている。渓口郷游東村に楽智学校を設け、週に二回、お年寄りの認知訓練と体力作りを行い、病状の進行を遅らせるための活動を提供している。皆の努力の下、設立されて一年で最優秀拠点との評価を受けた。

認知症センターは続いて嘉義県民雄郷大崎村、三興村及び慈済台南佳里連絡処に「記憶保養クラス」を開設した。そして、二〇一五年十月、新たに梅山郷、慈済北港連絡処、佳里区漳洲里の三カ所にも拠点を開設し、溪口郷溪東村には「高齢者の健康な脳と長寿訓練クラス」を開設した。また、二〇一六年初めには高雄慈済人医会の協力を得て、高雄静思堂と高雄楠梓区でクラスを開いた。現在、台湾全土に十の拠点がある。

各拠点に平均して二十数人の認知症患者が参加しており、合計で二百人以上が参加している。多くの家族は困難を表に表して来なかったが、この数字は二百以上の家庭と繋がりができたことを意味している。黄燕飛の母親も後になって記憶保養クラスに参加したが、初めは騙し騙し参加させていたのが、今では楽しくクラスに参加している。母親に現れた最も大きな変化は笑顔が戻ったことで、家族も病状の進行をより理解するようになり、どんな状況に遭遇してもどうしてよいか混乱することもなくなった。あらかじめ心の準備をすることによって正しく対応できるようになったのだ。

認知症センターの社会福祉人員は時折、お年寄りたちの側に行き、孫娘のように甘えたりしてその反応を刺激する。
 

台湾の認知症老人のための連携したケアモデルの完成

 

大林慈済病院認知症チームはほぼ月曜日から土曜日まで休む間もないほど、地域を回っている。とくに高雄記憶保養クラスが開設された当初、曹汶龍と許秋田はボランティアへの講義のために、いつも疲れ切って家に帰っていた。

幸い慈済基金会の支援で、認知症センターは二〇一六年新たに社会福祉人員、臨床心理療法士、看護師、事務員など五人を雇用し、着実に地域で運営できるようになった。中でも重要なのが専門の運転手がいることで、辺鄙な地域に家庭訪問に行って帰る時の心配をする必要がなくなった。

「この十カ所の拠点をしっかり運営したいのです」。慈済国際災害支援のように、認知症センターと地域が協力して重点的、直接、尊重、そして永続の原則の下に、病院からの一方的なアイデアだけではなく、ボランティアと共に各拠点の特色を出していきたい、と曹汶龍は言った。そこが認知症家庭のシェルターになり、患者の症状が改善することで家族が安心し、笑顔が記憶に残る場所となることを期待している。

認知症の早期の兆候
 
 
*記憶力の減退が生活に影響を及ぼす
*物事の計画や問題の解決が困難になる
*以前は手慣れていた事務ができなくなる
*時間的、地理的感覚がなくなってくる
*視覚による映像と空間の関係が理解できなくなる
*言葉や文章による表現が難しくなる
*物の整理ができず、探し出す能力を失う
*判断力が衰えたり弱まる
*職場や社交活動から遠ざかるようになる
*情緒が不安定になったり、性格が変わる
 
インターネットから「認知症簡易観察尺度 ADー8」(注)による判定を自分で行うことができる。医者にかかる場合は「神経内科」もしくは「精神科」へ。      
❖注:「ADー8」のADはアルツハイマー型認知症の頭文字で、8は8つの日常生活における認知機能を意味している。
(資料・社団法人台湾認知症協会)
 

 

 

 
NO.242