慈濟傳播人文志業基金會
笑顔を取り戻した観音様
毎年四月二十二日は世界地球デー。環境保護運動に携わる世界各地の人は、その日に特別な環境保護活動を行い、より多くの人が参加することを望んでいる。新北市観音山の山頂、硬漢嶺周辺には、斜面の広い範囲に渡って二十年間、ゴミが捨てられてきた。それは驚くほどの量で、いつになっても解決されなかった。ここ数年間、少数の人が一念発起してゴミを山から運び出していたが、それは微々たるもので、全体の汚染状況からすると遠く及ばない。
 
 
世界地球デーに呼応しようと、北区慈済ボランティアは今年四月二十三日に、いくつもの慈善団体と合同で第一回観音山清掃活動を行った。ゴミの量が余りにも多かったため、五月二十一日に再び二百五十人を動員して行われた。その二日間の清掃活動では、数多くの民衆が手伝いに集まり、ボランティアと協力し合って斜面のゴミを残らず拾い出し、リレー式にゴミを山麓まで運んだ。観音山で清掃活動が行われると聞いて、「苦を聞きつけて救いの手を差し伸べる」ように、自主的に手伝いに来たのである。活動は環境を改善するだけでなく、観音山の長年の問題を解決した。正に感動に値するものであった。

 

一歩一歩を大切にする

 
新北市の淡水河の西岸に位置する観音山は、海抜約六百メートルの山である。高いとは言えないこの山は、自然のままの環境と豊かな森林を有するだけでなく、登山道に入ればしばし雑踏と憂いを忘れさせてくれる。山頂の硬漢嶺に着くと、台北盆地が一望に見渡せるため、観音山は昔から北部の人々にとってハイキングや登山の格好の場として親しまれてきた。
観音山という名称は、観音菩薩が仰向けになった姿に似ていることから名付けられたと言われる。それ故、登山道に入り、林の中を通る時、観音菩薩に近づいたような気持ちになる。大地とふれあう時は一歩毎に敬意を払い、大切にする気持ちを持つよう、私たちに警鐘を鳴らしているように感じられる。大地は私たちの体と同じで痛みには耐えられないため、大切に愛護すべきである。一旦傷つくと、健康を取り戻すのは容易ではないかもしれない。
 
 

 

噂に聞いたゴミの滝

 
観音山に登る前から、硬漢嶺近くに「ゴミの滝」があると聞いていた。実際にその場に立ってみると、目の前の光景が信じられなかった。何十年も堆積してきたゴミは、ずっと前から完全に土地を覆い隠していた。草は一本も生えておらず、木の根っこもゴミに埋まって、正常に地中の養分を吸い上げられなくなり、動物も近づかなくなってしまった。
以前、山頂には物売りがいて、軽食や飲み物を登山客に売っていた。当時、人々には環境保護の意識がまだなかった。一部の物売りや登山客が、ゴミをそのまま山の斜面に捨てたため、今のような光景になった。そのゴミの山には大量の使い捨て食器や飲料缶、ビニール袋が混ざっており、そのほとんどは自然分解しないものである。山がどれだけ傷ついたか想像に難くない。
そういう光景を見て、理解できないことがあった。人々は山を愛し、大自然の中で森林浴に浸ろうとして、休日に家族や友人とハイキングに来る。だが、人間が出したゴミの中で、樹木はどうやってフィトンチッドを出すことができるというのだろうか?
 
 

どんなに汚く困難でもしなければならない

 
事実、観音山のゴミを清掃するのは容易なことではなかった。急な崖に加えて連日の雨で地面はぬかるみ、前進するのも難しい状態だった。少しでもバランスを崩したら下の方に滑り落ちてしまう。そのため、現場のボランティアは命綱を体に縛りつけて、事故が起きないようにしていた。困難はこれだけではない。長年捨てられたゴミは湿った泥と混ざって固まり、ゴミを拾い出すだけでも大変だった。その上、断続的に腐臭が漂ったが、清掃ボランティアの決意を揺るがすことはなかった。始めたからには徹底して行う。ボランティアは一つひとつ回収できる物まで分別し、極力ゴミの量を減らした。
法師はいつも私たちに、「大地は私たちの母親のようなものだ」と言っている。そう、この土地は母親が重責に耐えるように、長年人類が傷つけてきたのを黙々と耐え、一言も文句は言わない。その日の清掃作業はとても大変だったが、ボランティアは頑張って任務を完遂した。その行動は、大地の傷を癒し、健康回復に努めているようだった。
 

 

一手が動けば千手が動く

 
観音山の硬漢嶺から下山するには登山道を下るしかない。交通手段を使うことはできず、片道三十分かけて、平均重量三キロから五キロの袋を持って下山しなければならない。人が多ければ一列になってリレー式に運ぶこともできた。中には両手に一袋ずつ持ってゆっくり下りる人や、体力に自信がある人は一度に袋を三つ背負い、両手にも一袋ずつ持って下っていた。また、知恵を働かせ、竹竿で四、五袋肩に担いでいた人もいた。
 
 
活動現場で手伝った人たちは十歳から九十歳まで年齢も様々だ。慈済の環境保全ボランティアも参加し、早朝落ち合ってバスに乗って観音山まで来たり、バイクで来ていた。しかし、観音山に着いた後は皆、年齢や体力を克服して、同じように歩いて山頂まで登り、清掃活動を手伝った。また、下山する時も数袋持って下りることを忘れなかった。
 
 
清掃活動当日は週末だったため、数多くの登山客やハイキング客が訪れていた。ボランティアたちが汗を流し、全身泥まみれになってゴミ掃除に健闘する姿を見て感動し、自主的に手伝い出す人もいた。人の心は啓発することができる。善行は誰かが先頭に立って行う必要があるのだ。というのも、一人の力は微々たるものだが、たくさん集まって一緒に行えば、間接的に別の人に感動を与え、参加してくれるようになる。それは最も美しい善のさざ波の広がりなのである。
 

長年の重荷を担ぐ

 
今回の活動は北海岸・観音山国立景観地管理処が主催したもので、北区慈済ボランティア、アジア形上背水チーム、我が地球を護る会、ロータリークラブ、登山常連などの各団体が清掃活動に参加して、約四千袋のゴミを回収した。数十年前から何気なく捨てられてきたゴミのために、数十年後、千人を動員し、二日間かけて初めて大地は呼吸できるようになった。何気なく捨てたゴミが見えなくても、ゴミはそこに存在する。いつまでもなくならないから、次の世代の人が清掃しなければならなくなる。まるで子孫に借金を残すようなものである。私たちが一歩踏み込んで、人の立場になって考えれば、このような「ゴミの滝」が出現することもなく、これほど多くの人を動員して清掃する必要もなくなるかもしれない。
 
 
同じ台湾に住む他の人は、今回の清掃活動に参加していなくても、皆でその日に頑張ってくれた人に感謝すべきだと思う。彼らは皆のために数十年間の重荷を担い、大地を己の体と見なし、愛で以て山林の健康を護ったおかげで、長年ゴミに覆われていた土地に光明が射したのである。
NO.250