慈濟傳播人文志業基金會
権利より愛を
温かく柔らかな言葉で相手を思いやる
そうすることで受け入れられ、
共に重任を担うことができる
 
文‧

誓願を立てて広め、人の心も清める

中国·華西地域の七省、新疆ウイグル自治区、青海、甘肅、貴州、雲南、陝西、四川と重慶市のボランティアは、毎月四川省の成都で行われる慈誠委員の研修会に参加しています。ここに来るまでに、電車で二十時間以上かけ、車内で一夜を明かした人もいました。時間だけでなく肉体的にも大変なことだったにもかかわらず、皆は固い意志で毎月通っていたのです。
 
台湾で行われた全世界慈済幹部精進研修会で、中国から参加したボランティアが、自分たちの感想を分かち合いました。證厳法師は、「ボランティアは大愛の道を広め、途絶えることのない情を交わすことに尽力しました」と褒めたたえられました。「人々の心が寛大になれば、社会は愛に満ちて、必ずや平穏無事になることと信じています」と法師はおっしゃいました。
 
「この世の苦には、物質が不足している苦、それから人間関係が原因の苦などがあります。また、他人は自分に借りを作っているという思いを持ったり、貪欲に執着したりすることは、『求不得苦』(求めても得られないことからくる苦しみ)です。ですが、苦しい時間は短く、時は飛ぶように過ぎていきます。不満や苦しい思いにいつまでもこだわっていると、本当に耐え難い苦しい人生になるでしょう」
 
法師は、「身口意(動作を行う身と、言語を発する口と、精神作用を行う心)の誓願を立て、広め、実行に移し、良い話だけを伝えて、真心で人を愛するように」と皆を励まされました。「ボランティアが苦難にある人に付き添ったり、導いたりすることを私は嬉しく思います。私が一番成すべきことと、愛すべき人に、皆が代わりに尽くしてくれています。山や海によって遠く隔たれていても、師匠と弟子の心はいつも一緒です。皆が私と心を同じくして、末長く寛大無尽の菩薩道を広めてゆくことを願っています」

 

経は道理で、道理は道である

 
午後、法師は引き続きボランティアと座談しました。法師は、「法の香りに浸りましょう」と皆を励まされました。「仏法を受け入れ、慈済の理念を理解して、それを人に接するときに応用しましょう。すなわち、経文から得た知恵を実行に移すのです。そして聞いた法を心に止め、大衆の中に入って法を伝えるのです。統理大衆の徳行を以てこそ、他人を導くことができるのです」
 
また法師は「統理大衆とは、威を振るうのではなく愛を込めた心にあります。たとえ、自ら大きな願を立て奉仕しようと勢い込んでいても、他人に対しての思いやりの心や、温和柔順な言葉がなければ、いくら道理があっても通じなくなるでしょう。ですから、人が後についてきて一緒に衆生の利になることを行うようにさせるには、人の心を動かせねばなりません」と指摘されました。
 
中国が一帯一路経済政策を推進していますが、法師はこの言葉を引用して皆を励まされました。「伝統的な倫理道徳を一路に引導すべきです。あらゆる道路を通すように、どこでも菩薩道を切り拓いてゆくと、たとえ、道のりが長くても、コツコツと積み上げた愛で着実に進んでいけることと思います」
 
近年、難病に罹った中国の患者が、台湾の慈済病院で治療を受けるようになりました。治療後故郷に帰ってからも、現地の慈済ボランティアが引き続き寄り添っていたので、心身も生活も共に改善しました。上海の呉さんは若年性パーキンソン病のため、手足が知らず知らずに震えていたのですが、今年の二月、花蓮慈済病院の医療チームにより治療を受け、症状が改善されました。
 
六月に、大愛テレビ局のスタッフは呉さんを訪ねました。呉さんは、すでに階段を自分で下りて来られるまでに回復していました。それに毎日必ず慈済の会所で「法の香りに浸る」朝会に参加し、会所のドアを開け、パソコンや器械設備にスイッチを入れる係を務めていました。
 
「このことは慈済病院の医療チームが努力した成果ですが、これからもボランティアたちが付添って、リハビリを促すことが大事です。ボランティアはまさにこの世の菩薩と言えましょう。衆生を愛し、支援の必要な人がいれば、その縁を大切にして一緒に困難を乗り越え、自立できるまであきらめずに付き添うのです」
 
「誓願を立てて広め、すべての衆生の済度を願う。これこそが慈済宗門人間路なのです。菩薩は愛を以て菩薩道を他人の心まで敷かなければなりません。衆生が菩薩道を歩むようになると、彼らはさらに多くの迷いや苦しみを持った人を済度するのです。静思の法脈と慈済宗門は、私たちの世代が創立しました。ですから私たちは、後についてくる人が安心して前へ進んでいけるために、菩薩道を切り拓き、舗装したのです」
 
「私に向かって、皆は、『法の香に浸る』と願を立てていました。実際、毎朝の朝会という時間は自分にとって説法をするべき時間です。弟子たちが聞くか聞くまいかは、師である私には関係のないことです」 「仏法を聞かなければ、この菩薩道は歩みにくく、凹凸があって通れないでしょう。もし仏法を心に収めれば、自ずと菩薩道は平坦となるので、より多くの人を迎えることができます。皆さんも仏法の実践を心がけましょう」
 
NO.250