慈濟傳播人文志業基金會
牧童の涙

過ぎ去った辛い思い出は怒りの火となる。

野原に燃え広がれば、自分だけでなく他人にも害を与える。

愛の心を以て他人と接することを学び、苦痛だった体験を人生の糧にしよう。

 

昨年の九月、私は中国の青海省へ行き、そこで仁青卓瑪という羊飼いの少女を取材した。

 
仁青卓瑪の両親は彼女が幼い頃に離婚し、父親はチベット人の家庭に彼女を預けたままいなくなってしまった。彼女は学校へ行くこともできず、そこで牛や羊の世話をしながら、夜になると牛舎や羊舎に身を寄せていた。
 
ある日、子羊が逃げたため、彼女は飢えを忍びながら一昼夜かけて探しまわらなければならなかった。このチベット人の家庭にとって、彼女の価値は牛や羊にも及ばないのだ。
 
このような生活が九歳の時まで続いていたが、幸いにして、親戚が彼女を引き取ってくれた。そして親戚の援助によって初めて学校に通うことができた。しかし低収入世帯だったその親戚が病気になり、再び学校へ通えなくなってしまったので、今度は祖母に引き取られることになった。
 
毎朝目が覚めると、彼女は今日の一日をどのように生きていくべきか考えた。祖母との生活もまた貧しかったからである。学校へ持って行く弁当は饅頭一つしかなく、それを同級生に見られるのが恥ずかしくて、昼食の時間になると学校の隅に隠れて食べていた。また服が汚れていると虐められることもしばしばあった。そして、今までの虚しい境遇への怒りが充満して、周囲の人たちに対して敵意を抱くようになった。卒業の頃には成績が良く高校に進学することもできたのだが、学費が払えないのであきらめるしかなかった。彼女は自分を捨てた両親を恨んだ。「私を育てる能力がないのになぜ生んだのだ」と。
 
 
青海地域には両親を亡くした生徒や、経済面の援助が必要な生徒をケアしている慈済ボランティアがいる。中学校の先生が仁青卓瑪を紹介してケアの対象に入れた。しかし、彼女は相手が何かを企んでいるか、または自分が売られるのではないかと警戒するばかりで、ボランティアたちがいくら優しく接しても受け入れなかった。それでもボランティアは一年余りにわたって根気よく寄り添ったので、堅く閉ざされていた心が徐々に開いていった。
 
ボランティアの盧雪霞は、「彼女はうちの娘と同じ歳です。娘が持っている物と同じ物を必ず彼女にも持たせるようにしていました」と言った。物質的な援助だけでなく、彼女を家族のように受け入れ、親として、時には友達として接していた。
 
大学進学の時、実母とのDNA鑑定が必要になった。だが、この人生の大事な局面に際して実母に検査への協力を拒否され、彼女はまた捨てられた悲しみを味合わねばならなかった。どん底に落ち込んだ彼女を、ボランティアは家族のように温かく接して慰めた。
 
取材の時はまだ彼女の心に癒されていない部分があり、過去について話す時など、涙ながらに訴えた。それでも家族同様に接してくれている慈済ボランティアのおかげで、過去のような辛い状況はもう二度と起こらないと信じているようだった。暗いトンネルを通り抜け、大学生になった彼女は、これからの人生に希望を持ち、未来への期待に胸をふくらませている。
 
取材の際、とても感動したことがある。青海省の慈済ボランティアの努力である。ボランティアが初めて仁青卓瑪に会ったのは、彼女が全てに対し背を向けていた時期だった。だがボランティアは彼女を見捨てず、寄り添い導き、彼女の怒りが爆発寸前の時には、その心を癒し、慰めるように努めてきたのである。
 
彼女は今、大学のサークル活動に積極的に参加している。また、慈済の先輩に学び、ボランティアとして老人ホームの慰問に行き、自分よりケアが必要な人に寄り添っている。慈済からもらった愛のおかげで、彼女は今の自分を幸せだと感じることができたのだ。心に愛があれば、過去の苦難は今の自分を一層強くする励みになるものだと、私はこの取材を通して強く実感した。

 

 

 

 

命の贈り物

 

NO.250