慈濟傳播人文志業基金會
認知症患者と家族を支えたい ある医師の取り組み
父親の二度の行方不明事件に林栄威は平静を失った。
医療のプロの自分でさえ、
認知症患者を前にしてこんなにも無力なのだ。
一般の人ならばなおさらだろうと彼は考えた。
 

彰化和美記憶養生クラス

 
彰化県和美鎮的糖友里にある地区活動センターは、城のような、また教会のような外観で、そこに十八年以上開業する庚新診療所がある。ここは近隣の人々のかかりつけの診療所であり、公共図書館であり、また糖尿病患者組織も置かれている。今年二月からはもう一つ、認知症患者の記憶養生クラスという新たな名称が加わった。
 
近隣の人々にとって、診療所所長の林栄威は親切で、誰もが知る孝行息子である。一九九九年、高齢の両親を思いやり、林栄威は同じく医師の妻と共に北部の勤務先を辞め、故郷に戻ってきた。内科医の林栄威は小児科医の妻と共に、急病や重症患者以外なら、ほとんど全ての病気に対応している。
 
林栄威の母親も糖尿病の持病を患っているが、診察時、血糖値をコントロールできず病状の悪化した患者にたびたび出会った。そこで、診療所にワークショップを開設し、食事や運動のクラスを開くほか、患者の健康管理を促そうと、自費で血糖値測定器、キャンディ、薬袋など重要な物を入れられる「外出用バッグ」をプレゼントした。
 
林栄威の導きで、患者たちは気持ちや経験を分かち合い、糖尿病を恐れるのではなく、前向きな気持ちで向き合えるようになった。このワークショップは全国優秀賞を何度も受賞している。
 
六年ほど前から林栄威医師の八十を過ぎた父親に認知症の傾向が出てきた。脳血管障害を発症後、病状が著しく悪化し、過去何千回も通った、家から診療所までのわずか二百メートル足らずの道のりが覚えられず、迷子になるようになってしまった。
 
「その後、二つの出来事が起きた時は、本当に困惑しました」。林栄威は去年の八月、診療所の職員と沖縄県の石垣島へ旅行に行った。家族も一緒に定員四千人以上のクルーズ客船に乗り込み、うきうきと出発したのも束の間、その日の真夜中、慌しくドアをノックする音に目を覚ますと、姉が焦った様子で立っていた。「お父さんがいないの……」
 

自分の経験から、

他人の気持ちを理解する 

 
十二階建てのクルーズ客船の両側に広がるのは漆黒の海。父親がどこに行ったのか考えるのも恐ろしかった。林栄威は急いで三十数名の職員と家族を起こし、捜索に協力してもらった。
 
二時間後、下着姿のまま裸足でうろうろしていた父親を、五階で見つけた。「ちょっとブラブラしたかっただけだよ。ドアに『五』ってあったのを覚えていたから、五階に来たんだ」。父親の答えに、林栄威は笑っていいのか泣いていいのか分からなかった。
 
「あの時は本当に焦りました」。それ以降、家族は父親が外出するときは必ず誰かが付き添い、注意を払うようになった。しかし二カ月後、父親はまたも行方不明になった。
 
母親が二階に服を取りに上がっている間に、父親はいなくなっていたのだ。午後六時から八時過ぎまで、皆に捜索に協力してもらうとともに、和美鎮の慈済ボランティアも動員し、町中をくまなく探したが、父親は見つからない。
 
刻一刻と時間が過ぎ、監視カメラに手がかりがないかと皆で調べている時に、父親が車に乗せられて戻って来た。発見した人の話によると、伸港郷福安宮を通りががった時、道路の真ん中を歩いている高齢者を見かけた。地元の人かと思ったが、尋ねてみると八キロも離れた庚新診療所に行くというので、乗せてあげたとのことだった。
 
この二度の事件を経験し、林栄威は父親の服に名前と電話番号を縫いつけ、腕にはGPS装置のついたブレスレットをつけさせ、スマートフォンで父親の所在をいつでも把握できるようにした。
 
●道に迷いやすく、行方不明となる危険性が高い認知症患者にGPS内蔵のブレスレットをつけさせると、スマートフォンのアプリで移動履歴を追跡でき、すぐに居場所を突き止められる。
 
しかしこれだけではまだ不十分である。医療のプロの自分でさえ、認知症患者にはこんなにも無力なのだ。一般の人ならばなおさらだろうと考えた。
 
「当時の焦りと無力感からある願いが生まれました。私たちの地域で認知症患者をケアしたいという願いです」。その頃偶然、大林慈済病院認知症センターの記憶養生クラスのことを知った。認知症患者を直接ケアするだけでなく、家族が安心して預けられるデイケアサービスの機能も備えているこの施設は、彼にとって理想的な形であった。
 
林栄威は認知症センターの曹汶龍主任と話し合い、記憶養生クラス開設の条件を理解した後、昨年十二月末から正式に養生クラスボランティアの訓練を始めた。
 
●和美記憶養生クラスの設立後、多くの人々がその名を慕ってやって来る。自らも認知症患者の家族でもある林栄威医師(真中)は、彼らの苦しみをよく理解し、適切なアドバイスを与える。
 
曹汶龍にとって、林栄威との初めての出会いは印象的だった。林栄威と慈済ボランティアの陳国政、葉秀鳳が二台の大型バスで大勢の人々を連れて、訓練のため大林慈済病院へやって来たのだ。この九十名を超えるボランティアは慈済ボランティアもいれば、地元のボランティアもいた。ある元新聞記者は、過去に教職の経験があるということから教室の企画に協力した。訓練当日に、二月十五日開講という目標を決めた。
 

その瞬間の楽しさを追求 

 
「曹主任は私たちがテキパキとしているのに驚いていました。家庭訪問、患者の教室への招待まで自分たちでやったのですから」。彰化慈済人医会のメンバーでもある林栄威はこう話す。彼は地域の患者と親しく、サポートを必要とする高齢者についても知っていたが、ただどのような教室にすればいいのか分からなかった。
 
認知症傾向のある患者に出会っても、和美には関連サービスを行う団体がないため、自分自身がそうであったように、彰化市の大病院で別の慈済人医会の医師の助けを借りるよう、家族にアドバイスするほかなかったと彼は説明する。
 
林栄威とボランティアの奔走により教室は二月十五日に開講し、二十九人の高齢者がやって来た。認知症センターの専門スタッフによる検査により、十四人の極軽度から中度の認知症患者が選ばれ、和美記憶養生クラスの第一期生となった。
 
記憶養生クラスの設立のため、林栄威は診療所の図書館「耕心園」を教室とし、毎週水曜日午前の診察を中止して、活動に全力投球した。
 
●認知症の父親にどう対処していいか分からなかった林栄威も、今では自然に接することができる。
 
カリキュラムチームは認知症センターのアドバイスを参考に、「一動一静」の授業を組み立てた。一回の授業は四十分で、動態型の授業には手の体操など認知症患者の筋肉の活動を促す簡単なフィジカルフィットネスを取り入れた。
 
静態型の授業の内容は、患者が楽しく脳と心をトレーニングできるよう、切り絵、回想セラピー、素朴芸術、懐メロ教室などを企画した。また家族が安心して高齢者を教室に送り出せるよう、授業後には中寮大庄社区発展協会が美味しい菜食ランチを提供した。
 
当初、この教室が本当に効果があるのか半信半疑の家族もいた。八十二歳の学生の張罕さんの娘の王榕瑜は、第一回目の授業では美味しいものを食べたということ以外、母親は授業の内容を覚えておらず、喜んでいたのかも分からなかったと話す。
 
だが第四週目に入った頃、母親が教室を楽しみにしていることを感じられるようになった。笑顔が増え、出かける前には化粧をすると言い、帰宅すると授業で制作した作品を見せてくれた。毎週水曜日を楽しみにしている母を見て、家族も見方が変わり、どんなに忙しくても教室に出席する母に付き添うようになった。
 
三カ月が過ぎると、張罕さんの笑顔が増えただけでなく、林栄威の父親も退行の速度が緩和されたことに気づいた。多くの家族が患者の明らかな進歩を感じた。
 
患者の状態がする進歩の鍵は授業自体以外にも、ボランティアたちのひたすら褒め、大事にケアをするという態度にもある。曹汶龍主任の言うように、認知症患者の記憶はその瞬間のみ、患者がその場で楽しめればそれでいいのだ。だからこそ楽しく、愉快な雰囲気のケア環境が何より重要となる。

 

家族の期待に応えるために 

 
五月三十一日、こうした八十代、九十代のおじいさん、おばあさんたちが、いつも授業している教室で発表会を行い、授業で作成した切り絵、絵画、粘土人形などの作品を披露した。器用に作られた作品の数々は、それが高齢者の手になるとは想像できないほどだった。
 
学生たちはさらに「千歳五月花不老楽団」を結成し、発表会で台湾語の懐メロ「望春風」を披露した。ペットボトルで作ったマラカス、バケツの太鼓に紙の筒で作ったバチなど、環境保護に配慮した手製の楽器を使い、ボランティアのリードで演奏は大いに盛り上がった。
 
●認知症学生たちが結成した「千歳5月花不老楽団」。発表会では賑やかな演奏が披露された。患者の笑顔こそ記憶養生クラスの最大の成果だ。
 
「このクラスは今後も続けていきます。何としても高齢の認知症患者に対する最高レベルのケアを行いたいのです」。発表会は一つの区切りに過ぎない。和美鎮には認知症予防・高齢者教室の組織が不足している。クラスの成果が知られてからは、認知症の予防とその進行を緩和するため、多くの近隣の高齢者を抱える家族が、親をクラスに出席させたがっていると林栄威は話す。
 
場所とボランティアの数を考慮すると、あまりにも多くの学生は受け入れられないが、しかし今後は検討と計画を重ね、症状の比較的軽い認知症患者は患者クラブに移行させ、記憶養生クラスでは比較的症状の重い患者をサポートしたいと彼は考えている。
 
また、患者クラブの患者についてもおろそかにしているわけではない。毎月の第三週に皆を集め、ゲームをしたりピクニックに行ったりして親睦を深めている。
 
●大林慈済病院認知症センタープロジェクトマネジャーの劉秋満は、定期的に和美記憶養生クラスのボランティアに講義を行う。別の拠点の経験や教室について紹介し、チームにエネルギーを補充する。また毎月1回「家族リラックス教室」を開催し、介護者のストレスを解消する。
 
和美記憶養生クラスについて、林栄威はまだまだたくさんの構想がある。たとえば政府の長期ケア政策のⅭ級拠点として、地区の高齢者により良いサービスを提供するというのもその一つだ。しかしこれらはどれも簡単に達成できることではない。
 
チームのメンバーには専門の医療スタッフ、定年退職した教師、ボランティア団体と家族が参加している地区の高齢者のために幸福な晩年の楽園を築くため、誰もが一人一人の患者とのコミュニケーションの中でよりよい方法を模索している。
NO.251