慈濟傳播人文志業基金會
唯一の一秒一秒を大切にしよう
去り行く一日を感謝の心で送り
未来の一刻一刻を真心込めて迎えましょう。
どの一秒も生涯における重要な唯一の一秒であり、
仏法の真理は人生で正確な方向を示してくれています。
誰もが今の一刻を把握し、慎んで放逸せず、精進するよう願っています。
 
 
時間は実に早く過ぎ去ります。過ぎ去った一年の日々が平穏であったことに感謝の心を持って送りましょう。そして、戒め慎み、敬虔な心を持って新年を迎え、自分のために発願すると同時に天下の衆生が息災無難であるよう祈願しなければなりません。
 
私にも心願があります。一年一度ではなく、日々刻々欠かさず心を込めて天下の平穏息災、この世の平和、人同士の愛、人心の浄化、智慧の成長、家庭の幸福、柔和な社会を祈ります。
 
縁によって仏法と出会い、慈済に入ったからには時々刻々と心を調整して、誤ちや煩悩、無明を一つ一つ直していかなければいけません。日々、生命の価値を発揮しているだろうか、智慧は増しているだろうか、生命を尊重し、親と天地の養育、社会への恩返しをしているだろうかと心に問いかけるのです。そして、未来に向かって自分を鼓舞して精進し、人々を善と愛に導き、共に奉仕するのです。
 
飛ぶように過ぎ去る一分一秒は人生で最も大事な唯一の一秒なのです。仏法の中のどの一句の真理も全て、人生における正確な方向を示してくれています。皆が発心立願してこの一刻を把握し、放逸にならず、慎み精進するよう願っています。
 

リサイクルボランティアの手は

正に観世音菩薩の手

百の手、千の手で永遠に奉仕し

子孫のために大地を守ろう

 
難多きこの世を嘆くと同時に、喜びを感じます。多くのボランティア菩薩が慈悲と智慧を発揮し、愛の力を結集しているのです。
 
慈済は慈善団体であり、人々の愛と善を啓発し、人類だけでなく、大地をも守っています。大愛テレビの番組「草の根菩提」は、環境保全の最も良い教材であり、年齢や地位もさまざまな多くのボランティアが、心から地球をいとおしみ、人々に物を大切にすることを身を以て示しています。
 
環境保全が一刻の猶予もないのは、地球がすでに傷ついているからです。環境保全ボランティアたちは苦労を厭わず、腰を曲げて活動しています。それは長い時間をかけて初めて成果が現れるのです。正に観音菩薩の百の手、千の手が子孫のために環境を守っているのと同じです。
 
物質が豊富になるにつれ、消費も多くなり、排出されるゴミも多くなりました。現代の人は日常生活の中で容易に廃棄物を作り出し、使い終えたものを簡単に捨ててしまいます。とくにプラスチック製品や発砲スチロールがゴミになると、地中では千年経っても分解されず、焼却すると、大気を汚染します。また、体積が大きくて、処理が難しいのでリサイクル業者はあまり引き取ってくれません。
 
これら一般の業者が回収しないものを慈済ボランティアが回収し、細かく整理分類して環境汚染にならないようにしているのです。大愛感恩科技公司は研究を重ねて回収物を再生しており、その一例としてペットボトルから衣類、靴下、ボタンやベルトを生産しています。
 
回収物を物資に変え、それを慈善救済に活用することで善の循環を生み出しています。十二月、メキシコで慈済ボランティアは地震被災者にペットボトルから再生した毛布を贈りました。回収されたペットボトルは原料に戻り、糸から織物にしたもので、人々が寒さをしのげるよう、特別に厚くしました。
 
一万二千枚の毛布は船便で送られ、現地政府の同意を得て免税で通関されました。寒空の下、被災者は毛布を広げて体を包んでいました。ボランティアはその毛布には台湾のリサイクルボランティアの真心と大地をいたわる心がこもっていることを紹介しました。
 
環境保全ボランティアは毎日、手に触れているので、空き瓶、空き缶、紙を手に取った瞬間、すぐにその材質が分かります。そして、彼にとっての常識を智慧に変換すると同時に、現在世界で討論されている大問題を解決しているのです。すなわち、ゴミを減らして回収物を再生し、必要な物資を作り出すことができるとすれば、これ以上、天然資源を採掘しなくて済むのです。
 
多くの環境保全ボランティアが守っているから台湾は幸せなのです。善と愛は台湾が世界に誇れる人間性の美です。皆で今の幸福を大切にし、さらに福を作り出してこそ真の智慧と言えます。台湾だけでなく地球を守らなければなりません。大気も大地も繋がっている地球が平穏であって初めて、人々は安心した暮らしができるのです。
 

この世に苦難が多く

人生の無常を警告している

無限の情を啓発し

無量の大愛を育む

 
毎年この頃になると、国内外のボランティアに慈済委員や慈誠隊員の認証を授与する式典が行われます。彼らは何年も養成講座を受け、菩薩の使命を心得て、「仏の心を己の心とし、師の志を己の志とする」ことを発心立願するのです。
 
認証を受けたということは、今生の菩薩道の起点に立ったことであり、来世にまで続けることを約束したのです。師弟の間で、師匠は弟子に何も求めていませんが、「仏心」を培い、「師志」を堅持して、世の衆生を悟りに導いてくれることを心から願っているのです。
 
誠、正、信、実は慈済人共通の志です。すなわち、心から衆生を悟りに導くこと、正しい心で煩悩を絶つこと、信ずる心で法門を学ぶこと、真心で以て成仏することを誓願することです。
 
誠心、正心、信心を以て仏法を学ぶ以外に、日常生活に仏法を取り入れ、人間菩薩となって、堅実に、智慧を用いてこの時代に向かい合うのです。
 
人との交流では「誠」から離れることはできず、誠心誠意互いに励まし合うことです。広く衆生を悟りに導くには自分も悟りを開き、煩悩を断ち、この世の菩薩道で正法を体得し、心に銘記するのです。
 
仏が予言した五濁悪世とは現代のことです。大自然の災害は成、住、壊、空を警告しています。人の心にある迷いと病苦は、外で起きる災難よりももっと苦しいのです。少数の考え方が偏った人によって人災がもたらされるのです。慈済ボランティアがここ数年間に世話している難民たちのように、戦火で生き延びても非常に辛い生活を強いられています。
 
社会の調和がとれなくなると、危機が訪れ、国家が動乱に陥った時、想像を絶する状態になります。私たちは今ある平穏を大切にし、さらに人心浄化に努めなくてはなりません。
 
今年の歳末祝福のテーマは「大愛で衆生に付き添い、一人ひとりが地球を護ろう」です。多くの愛があり、情が続き、人をいたわれば、たとえ災難が起きても速やかに回復することができます。台湾のみでなく、心を広く持って世界の苦難に喘ぐ衆生に手を差しのばさねばなりません。
 
広い天地は古に亘って永久に存在し、人々の仏性も永久に存在しています。衆生は仏と同等の智慧、同等の愛、同等の無量の情が具わっています。慈済は長年に亘って世界各地で奉仕し、この世に苦難が多いことを悟り、人生の無常を警告し、さらに「いつの世にも情のある衆生が存在し、広い世界には無量の愛がある」ことを体得して来ました。歩んで来た道や足跡は全て、導いた無数の情と大愛なのです。少人数では愛のエネルギーは発揮されなくても、大勢集まればいつまでも続くのです。
 
平穏無事で幸せな人は人助けをすることができます。菩薩の奉仕は労力、時間、如何なる力をも惜しまず、世界の人々が愛の力を感じ、人々が善に向かい、禍がなくなり幸せになることを願うのみです。
 

年齢を重ねても

鈍くなることなく

聞法、如法、説法、伝法すれば

命の輝きは永遠に消えない

 
十二月、彰化静思堂の歳末祝福会で、彰化和美記憶保養クラスのお年寄りたちが、子供たちに付き添われて、壇上に上がり、演奏していたのを見ました。
 
彼らは手を引かれたり車椅子で出てきましたが、プラスチック容器を振って出す音や太鼓を叩く音律は整然としていました。娘や嫁が感想を話していた間、お年寄りたちは子供のように容器を揺らし続け、注意を促されて初め手をて止めました。
 
誰も記憶の喪失を望む人はいませんが、現実の人生で自分を見失い、コントロールすることができなくなったのです。しかし、現代社会では多くの家庭にこのような困惑があり、子供たちは性格や考え方が変わったり、辻褄の合わない親の話を、いたずらな子供を教えるように対処しますが、時が経つにしたがって苦痛になります。
 
脳の退化と生理状況は思いのままにならず、現代医学でもどうしようもありません。どんな家庭であっても心が痛むものです。
 
大林慈済病院の認知症センターの曹文龍主任に感謝します。彼は慈済人医会とボランティアに呼びかけて、地域で数多くの問題を抱える家庭に寄り添い、子供達に脳の退化による病を理解させ、お年寄りを思いやることで家庭の倫理維持を支援しているのです。
 
年を取ることは敬愛されると共に悲しいことでもあるのです。私は現在、年に二度行脚をしていますが、久々に会う古参のボランティアは皆、志を一つにして慈済が社会や地方のために貢献できるよう励んでいます。彼らは中年から老年になるまで私に従ってきましたが、月日の流れとともに体格も動作も以前と全く異なっていました。
 
彼らの人生は全て鏡のように自分を映し、感慨深いものがありました。しかし、私の心の中にあるのはただ一つ、今この時を大切に把握することです。
 
一日が過ぎれば命は一日少なくなり、一年過ぎれば寿命も一歳少なくなります。「残された日は多くなく、生命は急を告げている」という意識を智慧に転じて、正法を聴き、正行を歩み、心念をしっかり守って、少しの迷いもないようにしなければなりません。
 
斗南でもお年寄りのボランティアたちに会いました。自分たちが環境保全に参加している意志と人生の方向を語り、病でベッドで死ぬよりも、最後の一息までリサイクル活動ができるよう発願していました。
 
私は、彼らが私に頑張るよう言っているような気がして、私も説法を続け、私と縁のある人が一人でもその機会を逃さないよう、最後の一息まで説法することを発願すべきだと思いました。
 
体の老化または記憶の衰退は人間の自然の法則です。年齢的に老いても立ち止まってはいけません。立ち止まれば鈍くなるのです。心して伝承し、人材を育成して一つ一つの灯を輝かせるのです。しかし、自分の灯は永劫に光を放ち、消えることのないようにしなければいけません。
 
慇懃に法を聴き、実践したことを分かち合い、口にしたことを行動に移すのです。これが聞法、如法、説法、伝法なのです。
 
一分一秒と消えて行く命を、健康な時に善行する機会を逃さず、慧命を成長させ、愛のエネルギーが絶えずこの世に福をもたらすようにしなければなりません。皆さんの精進を願っています。
NO.254