慈濟傳播人文志業基金會
減災を第一に 
花蓮県における減災希望プロジェクトで修築を援助した六校の工事が、十八カ月の月日を経て完成した。慈済は台湾全土の二十六校の古い教室や施設の修築を援助している。自然災害が多い台湾で、防災・減災の観点から災害リスクを最小限にとどめ、子々孫々健やかに成長するよう願う。
 
十月二十四日、連日降り続いた雨が上がり、白い雲がたなびく青空の下、完成したばかりの国風中学校の校舎はさらに輝きを増していた。慈済基金会が建設を支援した花蓮県の学校六校の「減災希望プロジェクト」修築校舎完成・寄贈式典が、活気にみちた雰囲気の中で行われた。
 
●10月24日、花蓮の6校の教師・生徒が生まれ変わった国風中学校の校内で一堂に会し、得意の出し物で校舎の落成を祝った。
 
式典のはじめは、明義小学校芸術クラスの教師・児童による弦楽合奏である。軽快なメロディーの「グリーンスリーブス組曲」を選曲したのには、深い意味と感謝の気持ちが込められている。明義小学校弦楽合奏団を率いる李柔羚先生は、英国の作曲家、グスターブ・ホルストが書いたこの曲は、防音工事の完成を祝うとともに、学校に感謝の意を表すため合奏したという。
 

緩い地盤

階段崩落

 
続いて、昨年全国大会で優勝に輝いた国風中学校リコーダークラブが登場した。国風中学校は、台湾で九年間の義務教育が始まった一九六八年、第一陣として開校した学校の一つだ。創立から四十九年間、約三万人の卒業生がいる。少子化の進む現在、花蓮・台東地区ではクラス数、生徒数の最も多い学校で、全校生徒は約千五百人に上る。
 
鍾宜智校長も十八期卒業生だ。鐘校長が中学生の時に一番困ったことは、雨期や台風の時、時折一階の教室が浸水して、水の高さがふくらはぎを超え、生徒たちが水に浸かった状態で授業を受けざるを得なかったことだ。
 
学校が建っている場所はかつて田んぼや沼地だったところで、浸水の被害に遭いやすい。また、地盤が緩く沈下しやすいことはさらに大きな問題で、延べ五十センチ以上沈下している。数年前には一階の階段下のスペースを通り抜ける際、階段に頭をぶつけることもあった。後に一階の教室は使用禁止とし、倉庫にした。
 
一階の廊下の壁面は歪んで亀裂が入り、一組の赤いダンパが梁を支えているだけの状態でとても恐ろしい。三年生に上がったばかりの周芷彤は、以前の教室はいつ崩れてもおかしくない状態であり、階段も不均一の状態で、上ると波の上を歩いているような感じだったと説明した。
 
慈済基金会営建所の林敏朝主任は、この光景を不思議に感じた。建物の重量が不均等なので沈降量もばらばらとなり、少し重い部分は沈下の程度もひどくなっていた。外見からも、高低差があることは一目瞭然で、このような学校が花蓮市の中心部にあるとは信じがたい。このような危険な学校が長い間放置されてきたのだ。
 
●慈済の減災希望プロジェクトでは、生徒と教師の安全を第一に、設計から施工に至るまで細かく検討し、毎月専門家を派遣して工事の進行をチェックした。生徒が安心して学べることを願っている。
 
学校も一貫して改築経費を行政に要求してきた。国風中学校の呉碧珠前校長は、八年間の在任中、常にこのことを気にかけていた。とくに花蓮は地震が頻発する地域なので、もし昼間に大地震が発生したらどんな状況になるのか、想像するだに恐ろしかった。「時々夜に地震が起こると、心の中で、もし学校が倒壊したら経費が出て学校が改築できる」と考えたこともあったそうだ。
 
呉前校長は、「改築費用はざっと見積っても二億元(一元は約三・七円)を上回り、県の財政状況や改築を待つ学校の順番を考えると、十年以上待たなくてはなりませんでした」とやるせなさそうに語った。 
 

資金不足の学校の改築には

支援なし

 
半世紀近く前、台湾では九年制義務教育を推進するため、学校が大量に建設された。資金不足のため、古い校舎の上に増築し、まるで年寄りが若者を背負うような建物という意味で、「老背少」と呼ばれる校舎になってしまった。
 
一九九九年の台湾中部大地震の時、台湾西部断層帯付近のほとんどの学校が被災し、全台湾で数百校が倒壊するか、もしくは危険建築物となってしまった。台湾東部は揺れが比較的小さかったため、古い校舎の多くが未だに使われている。
 
花蓮県玉里中学校の張長寿総務主任は、「昔、校内に老背少の校舎があったが、地震で上下に割けてしまい、危険建築物となってしまいました」と話した。
 
老朽化した校舎の耐震性不足の問題は、地方自治体も国も、よく承知していることなのだが、限られた予算のなか、どのように改築を進めるかについて頭を悩ませている。
 
教育部(文科省に相当)の国民教育・就学前教育署の林明輝主任秘書は、「政府は台湾中部大地震の後、全台湾の校舎の総点検を行い、この八年間で四百七十億元をかけて、耐震性が不足している校舎の補強工事を行っていますがが、全ての学校に行き届いていません」と話す。
 
花蓮県内だけでも百二十五の小・中学校があり、国家地震工学研究センターが改築あるいは補強を勧める建物は二百校強に上る。政府の改築を待っていたのでは、少なくとも十年、場合によっては二十年後になってしまう。
 

慈済が援助を差し伸べる

減災プロジェクト始動

 
證厳法師は台湾の子供たちが危険な環境で勉強していることに心を痛め、二〇一四年から「減災希望プロジェクト」を推進している。各県市と協力し、屏東、高雄、台東、花蓮、苗栗などで二十六校の修築支援を行った。これは慈済基金会が行った「九二一希望プロジェクト」以来、最大規模の校舎修築援助計画だ。
 
慈済教育志業の蔡炳坤事務局長は、台湾は地震や台風などの影響を受けやすいとした上で、「減災プロジェクトの最も大切な理念は、災害が起きてから救助を行うのではなく、未然に防止することにあります」と説明した。
 
慈済基金会営建所の胡勝勇課長は、政府の一般建築物に対する規定では安全係数を一としているが、慈済の修築援助における安全係数は一・二で、付近に断層がある場合は建築強度をさらに引き上げることもあると説明した。
 
●佳民小学校の教師や生徒は、安心してブロックで舗装された道を歩くことができるようになった。頑丈な校舎と四季折々に違った色彩をみせるタイワンモクゲンジが、子どもたちの学習と成長を見守る。
 
また、各校は緑化建築計画の下、風通しや日当たりに配慮した設計になっているほか、雨水リサイクルシステムを備え、雨水が植物の水やりやお手洗いの清掃に再利用されている。
 
例えば、花蓮県玉里中学校の多目的ホールについて、建築士の黄建興氏は「学校は線路にほど近く、長い間騒音に悩まされてきました。そこで、体育館内部のレイアウトを変え、舞台の側面を線路側にして騒音を遮断できるようにし、強風を受け止められるようにもしました。南北向きには大きな窓を、屋根にも天窓を設置し、対流を利用して熱を放出できるようにして、冷房がなくても蒸し暑く感じないように設計されました」と説明した。
 
ハード面における要求もさることながら、慈済基金会はプロの建築委員(建築を専門とする慈済ボランティア)の一団を無報酬の顧問として毎月学校に派遣し、施工内容と設計図の一致性を確保したほか、施工時に生じた問題の解決をサポートした。
 
ベテランの建築委員である王明徳氏は、「自分の会社の工事現場は、子供や従業員に任せてあまり見に行きませんが、慈済の建設現場にはすべて足を運んでいます。建築委員の奉仕の方が仕事のようです」と冗談交じりに語った。
 
慈済の建築委員は思いやり深い実業家たちで、ボランティア活動を自身のビジネスよりも重きを置いている。減災プロジェクトの品質管理をサポートした十数名の建築委員の中には音響の専門家もいる。せっかく音楽ホールが完成したのに設備がないということがあった。学校では翌年に予算申請をしてからでなければ発注できないというので、彼は自分のポケットマネーで設備を購入し寄贈した。
 
また、別の建築委員は舞台の幕を製造する会社を経営しており、学校が必要としているのを知って、現場で採寸し、布の幕を寄贈した。さらに、いくつかの学校では改築後とてもきれいになったが、グラウンドは依然古びた状況であったため、何人かの委員が資金を出し合って整備し、学校全体を一新させたこともある。
 

夢に向かって羽ばたけ!

開花する子供たちの潜在能力

 
減災プロジェクトで援助した学校の多くは辺境地にある。一般教室の建設のほか、各学校の発展重点項目に合わせた整備も行われる。慈済が修築を援助した学校では、学校の設備のニーズ、学生の多面的な発展、人材育成の三つの方面から整備に取りかかった。
 
例えば、台東県の知本中学校は重量挙げの強豪校だが、学生たちが練習していた場所や寮は、想像しがたいほど劣悪な環境で、どれも五十年近くたった古い教室を改造したものだった。慈済基金会は重量挙げの練習場を修築援助し、学校はその建物を「夢翔館」と名付けた。この名前には、子どもたちがグレードアップした環境で練習し、夢に向かって羽ばたいてほしいという願いが込められている。
 
今年の夏に開館した夢翔館は、快適な寮と設備が整ったトレーニングルームや重量挙げ用の床が整備され、今では県内で開催する重量挙げ大会の試合会場となっている。
 
施工期間中、慈済はできるだけ樹木の保存に努めた。自然を大切にするほか、もう一つ教育と密接に関わる理由があった。蔡炳坤氏は「十年かけて木を育て、百年かけて人材を育てる」という諺を引用し、「これらの木々は子供たちの成長を見守り、子供たちの将来の思い出となるでしょう」と話した。
 
学校は再び子どもの夢をのせて動き出した。慈済は蒔いた愛の種が、子供たちに善と愛を伝え、彼らが社会に貢献し、人を助けられる人になるよう願っている。
(慈済月刊六一三期より)
 
●来賓と校長が除幕を行い、花蓮県の減災希望プロジェクトが無事に完成したことを喜んだ。
 
NO.254