慈濟傳播人文志業基金會
世話して来た慈青たちが成長した
慈青たちは苦を見て福を知り、
貧困を見て足るを知っただけでなく、
互いに成就を助け合い、自ら責任を担うことも学んだ。
それは得難い貴重な人生経験であると共に、
流した涙の潤いで彼らの青春を豊かなものにした。
 
多くの大学生にとって夏休みは、娯楽とアルバイトに明け暮れるものでしかない。しかし、慈青(慈済の学生ボランティア)たちは一風異なったことを学ぶ。いろいろなキャンプ活動から医療ボランティアまで、スケジュールがびっしりつまり、もし、人一倍の体力と超人的な強い使命感を持っていなければ、持ち堪えられないだろう。様々な活動に参加している彼らの姿を見ると、涙を流さずにはいられない。
 
ここ数年、私は夏休みの到来が待ち遠しく、世話して来た慈青たちに付き添うためにできるかぎりいろいろな活動に参加している。それは、さまざまな若い世代とどう付き合うかを学ぶほか、彼らに対して母親であり、友人でもあるような役割を果たすことで、證厳法師の代わりとなって一つひとつの菩提の苗を大切に世話したいと望んでいるからだ。
 
二〇一七年、慈済大学の青年海外人文交流活動では初めて、北区、中区、南区の慈青たちが自ら責任を持って活動を企画した。北区の慈青は縁があって、石の王国と言われる、中国の貴州省に行くことになった。慈済はすでに二十年間、現地の貧困家庭を支援し、助学や配付活動を数え切れない程行ってきたが、慈青が現地の青年志願者と人文交流をするのは初めてだった。
 
慈青たちは勉強やアルバイトの関係で、企画会議にはいつも最小人員しか集らず、見ていて気が気でなかった。幸い、合宿研修のとき、慈済基金会の職員である莊琬婷と潘培菁がいつも高いEQで以て、にこやかな顔で緻密な考えを分かりやすい言葉を使って、慈青らをスケジュールの企画へ導いていたほか、アイディアに富んだ各種学習課程や各分野のエキスパートを招いて「武術の極意」の伝授など企画を手伝った。おかげで、出発する前に私たちは、すでに収穫でいっぱいだった。
 
●かつて拉攬小学校の活動に参加した子どもが苗族の民族衣装を纏って、ボランティアの家庭訪問を歓迎した。皆大喜びで、慈青の許嘉玳(写真右)は苗族の衣装と髪飾りを付けてみた。
 
準備万端な貴州の青年志願者と会って、慈青たちは、彼らの積極的な態度と強い学習意欲を目の当たりにした。また、自分の足りなさと今回の責任と使命を痛感し、自分たちを奮い立たせた。
 
彼らは怯えと焦りの気持ちを積極的な思考に変え、気を張りつめて、いつでも変化に応えられるよう心の準備をした。王冠智は、「現地の青年志願者たちは私たちを団結させてくれました。ここで気をゆるめたら、この学ぶ意欲を持った子たちに申し訳が立ちません」と言った。
 
萬星顯は、「与える側と受け取る側は必ずしも絶対的ではなく、私たちは常に心の準備をしていなければなりません」と言った。
 
高昕妤は、「青年志願者の純粋さと強い意志に接して、夢ばかりを追う複雑な自分を恥ずかしく思いました」と言った。
 
郭秀蓁は、「私たちにはこの活動しか目に入りませんが、彼らが見ているのは『人生』です」と指摘した。
 
張詞涵は、「青年志願者は活動を通じて、一言も文句を言わず、彼らに敬服しています」と言った。
 
許嘉玳は、「青年志願者のおかげで、自分の変化に気づきました」と言った。
 
今回の貴州人文交流活動で、慈青たちは苦を見て福を知り、貧困を見て、足るを知っただけでなく、互いに成就を助け合い、自ら責任を担うことも学んだ。人生において、何と得難い貴重な経験をしたのだろう。
 
貴州で、慈青たちの目は毎日、感動にあふれていた。毎晩、深い感慨を覚えた心は人生の学習であり、涙の潤いは彼らの青春を豊かなものにしたからである。
 
慈青たちは、青年志願者や留守番の子供たちに、一対の「色彩豊かな翼」を残していった。それは彼らに付き添って大山から飛び立たせるものであった。そして互いに拍手で「愛を広げる」約束をした。
 
もし、今回の交流で最も成長したのが慈青たちなら、最も多く収穫を得たのは私だろう。なにしろ、我が子のような慈青が成長したのだから。
(慈済月刊六一一期より)
NO.255