慈濟傳播人文志業基金會
物資を結集 毛布と福慧ベッドが大至急列車で送られた
短時間の停車の間に大量の物資を降ろすのは大変な作業で、
台湾鉄道会社の職員と乗客、ボランティアが
力を合わせて任務を完了させた。
 
二月七日未明、慈済花蓮防災協調センターからの電話に起されて初めて、花蓮で地震が発生し、被害が出たことを知った。花蓮の慈済ボランティアはすでに夜通しで動員され、災害支援関連の仕事を展開していた。寒い冬には炊き出しと毛布、マフラー、福慧ベッドが必需品だが、一部の物資は当地の在庫では足りなく、各地の物資倉庫から花蓮に送る必要があった。
 
まず寒い天気に最も有効な環境保全毛布は台北内湖の倉庫から調達しなければならない。私は夜中にも係わらず、ただちにSMSメッセージを送って、台湾鉄道の局長と幹部たちに支援を求めた。また、物資関連の師兄や師姐たちに、すぐ毛布とマフラーを内湖から松山駅に送るよう連絡した。
 
●毛布と福慧簡易ベッド、飲料用粉末パックなどの物資が台北から汽車で花蓮駅に到着し、ボランティアたちが駅員の協力の下に、迅速に荷物を運んだ。
 
鉄道会社から線路に損傷はなく、通常に汽車が運行できる、と連絡があった。ちょうどボランティアがすでに毛布を駅のプラットフォームに運んでいたため、第一陣の物資は始発の列車に間に合った。
 
急を要し、ボランティアの数も多くなかった中、汽車が停車する短時間に百ケースもの物資を積み込むのは相当な困難が伴った。しかし、幸いにも慈済ボランティアのほか、車掌や駅職員、一般乗客も手伝ってくれ、リレー式に荷物を積み込んだ。
 
列車が花蓮に着いてからの荷下ろし作業にも大勢の人が集まり、慈済ボランティアや鉄道職員、乗客が心を一つにして協力し合った。
 

直行便の愛・助け合う縁に感謝

 
台湾鉄道は二月七日から九日まで毎日、二便以上の列車を使い、災害支援用物資の輸送を無償で行なった。その中には次のような感動的な出来事があった。
 
二月七日、二番目の列車が松山駅に到着したが、その列車には貨物車両がなかった。客車の通路に物資を置くと乗客の出入りに影響するため、考えあぐねていた時、車掌が機転を利かし、物資を空いた座席に置くよう指示した。その列車は松山を出た後は花蓮まで止まらないため、乗車して来る客はいない。百ケース以上の物資にも席ができたのだ。
 
しかし、花蓮駅でも問題が起きた。その列車の終着駅が台東だったため、花蓮に停車する時間がとても短く、切羽つまった荷下ろし作業の情景が想像できると思う。
 
各列車には支援用物資のほかに一、二名のボランティアが随行した。彼らは臨時に動員されたため、切符を買う時間もなかった。汽車の中で切符を買おうとした時、車掌は証明書を発行しただけで、花蓮駅に着いた時に出せばいいと言った。結局、切符代は要らなかった。
 
二月八日の午前中に物資を送り終えた後、少し休憩し、翌日の午前中にまた、輸送作業をすればいいと思っていた。思いもよらず、昼近くになって宜蘭と羅東から福慧ベッドを花蓮に緊急輸送しなければならなくなった。
 
 
台湾鉄道の局長は私に、翌日午前中の列車で一緒に輸送できないかと相談したが、「それはできないことはないが、今晩、一部の被災者は床に寝るしかないでしょう」と私は答えた。すると、局長は全力で協力すると言った。本当に感謝の限りである。
 
天災や無常はいつも多くの苦難と心細さをもたらすが、往々にして数え切れない心温まる良縁をももたらす。この機会に皆にこの世の温かさを感じてもらいたいと思い、この一文を書いた。また、支援を提供してくれた全ての人間菩薩に感謝したい。
(慈済月刊六一六期より)
 
NO.255