慈濟傳播人文志業基金會
一万の家族のために奔走
なぜそれほど長い期間をかけて救援物資の配付名簿を
確認しなければならないのでしょうか。
なぜこれほど多くの住民が慈済の列に加わるのでしょうか。
実際に救援活動に参加しなければ、
その苦労と感動は理解できないでしょう。
 
メキシコは、太陽と情熱の国で知られ、国民の幸福度が非常に高い国です。ソンブレロ、ラテンミュージック、ダンス、私がメキシコについて知っていたことと言えばたったこれだけで、自分がメキシコの地を踏むことなど、想像だにしていませんでした。
 
メキシコ地震が国際ニュースで盛んに報道されたのはたった数日間のことで、まもなくメディアは日常に戻りました。メキシコで被災した住民は何もしてくれない政府への怒りを募らせ、被災調査に訪れた政府の職員を市民が拳を振り上げて追い立て、ついには職員がトラックに飛び乗って逃げるという事態まで起きていました。
 
被災地の範囲が広大だったため、慈済はまずスタッフを派遣し、二カ月以上にわたって災害状況の調査、準備、その後の作業を行いました。その過程には被災した住民の名簿の取得と確認作業が含まれ、ボランティアが住民の家を一軒一軒訪問し、家屋が全壊、半壊、軽微な損壊であるかなどの判定を行いました。
 
その作業が長期間にわたったことに加え、住民の政府に対する不信感、政党による視点の違いなどから、慈済のボランティアも住民を騙してデータを盗みに来たのではないかと疑われるなど、その苦労は並々ならぬものがありました。
 
アルゼンチン出身でスペイン語に精通した洪良岱師姐(師姐は慈済の女性ボランティアに対する呼称)によると、最初に市役所から受け取った被災者名簿には、人名や住所といったわずかなデータしかなく、十回にわたる聞き取り、説明、修正などを経て、ようやくかなり正確な被災世帯数とその人数のデータを得ることができたのです。
 
たとえ一つのハウスナンバーであっても、門をくぐったら三つの家だということもあります。結婚した長女や次女が敷地内にそれぞれ家を建てるからです。正確な人口数と戸数を把握し、十分な物資を届けるには、実際に足を運んで調査するよりほかなかったのです。
 
この過程はかなり繁雑で、時間も労力も使いました。市の人的支援を受け、先に慈済ボランティアを派遣して自ら作業を行うだけでなく、メキシコ国内のボランティアに被災した住民への関わり方を指導しなければなりませんでした。そうしてようやく十二カ月にわたり、一万世帯以上を対象とした大規模な物資配付と無料診療を行うことができたのです。
 
●慈済によるメキシコ地震被災地における最初の救援物資配付がトラウアック市で行われた。ステージで「シェリト・リンド」、「一家人」などの歌を合唱し、遠方から支援にやってきたボランティアにハグをする住民たち。
 

八カ所で八回の大規模な物資配付

 
十三カ国から百四十人を超える慈済ボランティアがめいめい到着し、さらに大勢のメキシコ在住のボランティアも参加しました。配付地点は八カ所もあり、その中には中南米最大の水上公園や二万五千人を収容できる大型サッカースタジアムもありました。なんと大きな挑戦でしょう。
 
場所を借りることから、テントの設置、水源や電力の確保、仮設トイレの準備、机や椅子の設置、現場の動線の配置、それに漢方医、西洋医、歯科医の診療のために、診療器材や薬品を準備するなど、仕事は膨大で苦労に満ちたものでした。不慣れな異国で、費やした労力や時間は計り知れないものです。
 
米国のボランティアチームは、現物引き換えカードの配付について経験が豊富であり、住民の動線の案内、カードの確認、待合スペース、チェックエリア、受け渡しスタッフ、最後に金額を確認して支給する出納エリアなど、各方面が専門的な段取りのもとにありました。中でも特筆すべきは、チェックエリアと受け渡しのスタッフは全てメキシコ国内のボランティアによって担当されていたことです。
 
無料診療についてもすばらしい状況でした。十人の医師たちが診察を行う傍らには、医師一人につき一人の英語とスペイン語の通訳ボランティアが付きました。漢方医は鍼灸、整復治療等を行いました。歯科医は歯のクリーニング、抜歯、歯みがき指導など全面的なサポートを行いました。
 
この八回の無料診療には、高額な医療費を支払うことのできない人々が互いに知らせ合って訪れ、連日長蛇の列を作りました。
 

団結し、愛を循環させ続ける

 
毛布、竹筒、ビタミンのサプリメント、静思語カードの配付スペースは、最も楽しく、最も温かな場所でした。現物引き換えカードをもらい、ボランティアの手から毛布を受け取った住民たちは、必ずボランティアに大きなハグをし、笑顔で希望と感激に満ちた瞳で見つめました。スペイン語の言葉は分からなくとも、ボランティアは住民たちの真心と純朴さを感じることができました。
 
ボランティアは住民に「ビタミン剤は体力を補い強め、静思語カードは心と智慧の強化剤です」と伝えました。
 
竹筒の貯金箱が伝える慈済精神は住民の心に染みこみ、多くの人が「竹筒がいっぱいになったらどこに持って行けばいいのか」と尋ねました。「教会に持って行って、助けを必要としている人を一人でも多く助けてほしい」とボランティアは答えました。
 
カトリックを信仰するメキシコ人は、深い愛の心を持っています。今回の地震でも、非常に多くの人が地元で自発的に慈善団体を組織し、災害支援を行いました。しかし、総じてグループの人数は多くなく、親戚や友人、隣人らが何人か集まって、自宅の付近や地域で水や食べ物、衣服などを配るといったものでした。災害支援の団体が多すぎて、市役所も番号を使ってこれらの臨時的なボランティア団体をまとめるしかありませんでした。
 
二カ月ほどして、臨時的に組織された団体はほとんどが解散しましたが、愛の心のある人たちが慈済人の呼びかけの下で団結し、今回の大規模な支援活動に協力してくれたことは本当にありがたいことです。彼らは、慈済人が遙か遠い国から彼らを手助けに来たこと、そして無私の心で人に尽くし、広い心で助けを必要とする人を一人でも多く助ける方法を学べたことに感激しています。
 
メキシコ人は話好きで口が達者ですが、しばしば身勝手に自分の言いたいことばかりを言い、そのためいざこざや不信感が生じてしまいます。慈済人はそこにも愛をもたらし、愛の連鎖を生み出しました。悲しみを笑顔に変え、思いやりで人々の心を温めました。愛の力がますます大きく、いたるところに広げられ、一人ひとりが愛に満ちた美しい朝日を迎えることを願っています。(詳細記事は『慈済月刊』二月号をご覧ください)
NO.255