慈濟傳播人文志業基金會
愛は断層を超える
まもなく新年を迎えるメキシコの被災地の多くは、三カ月前の地震後の状況を残したままだ。
地殻の三つの大プレート上に位置するメキシコでは、
この百年間にわたって地震が多発している。
本来の地質環境に加え、開発、社会情勢の影響で、震災後の復興は思うように進まない。
 
華人を主とする慈済チームは、異国の地で慎重に、一歩ずつ確実に、
見えない壁を越えて現地の人々に溶け込んでいる
 
●2017年12月中旬、メキシコ地震の被災地には崩壊した建物がそのまま残っていた。再建の準備のため、ハンマーなどの道具を手に、素手で取り壊しを行う。右側の丸い屋根の建物は、今回慈済の災害援助の起点となったソチミルコ市の古い教会である。
 

●宗教の力

 メキシコシティ郊外のソチミルコ市にある古い教会は、地震で壁の一面が倒壊したが、瓦礫を取り払った後、何とか使用できるようになった。十二月十五日、人々の心を安らかにしようと、フランシスコ・エフラン神父はいつものようにミサを行った。
 
 教会はサン・グレゴリオ地区にあり、フランシスコ神父は神職に就いて二十八年になる。震災後、各界の慈善団体が被災者を援助できるよう、教会を開放した。神父はまた多くの人が互いに助け合い、愛し合うように願っている。
 
 
メキシコ地震ファイル
●メキシコの紹介:
人口1億2000万人、面積196万4000km2。公用語はスペイン語。地殻の3つの大プレート上に位置し、地震が頻発する。
 
●地震災害状況:
◎2017年9月、マグニチュード6以上の地震が連続して3回発生、そのうちの1回は現地時間19日午後1時14分のマグニチュード 7.1の強震で、3回の中で最も多くの死傷者が出た。   
 
◎1985年9月19日のメキシコ地震では1万人近くが被災、その32年後の記念日当日に再び大地震が襲った。震源地であるラボソは首都からわずか120kmの距離にあり、死者370名、6000人以上が負傷した。首都メキシコシティ及びモレロス、プエブラ、ゲレーロ、オアハカなどの州が大きな被害を受け、全国で家屋4万4000棟、1万2700校の学校が損壊した。 
 
 

●地震後三カ月

 被災地のホフトラでは、家が傾いて住むことができなくなったため、高齢の女性が両足を押しつぶされた孫娘とともに、テント生活を送っていた。
 
 ホフトラはメキシコシティ南部のモレロス州に位置し、重要な商業都市。地震の後、古跡や商業地区は大きな被害を受け、今なお多くの人がテント生活を送っている。
 
元はリビングで、倒壊後撤去した空き地は物干し場に変わっていた。被災後の日々は決して楽なものではないが、祖母と孫娘が寄り添って暮らせることは、何よりの幸せである。

●一歩一歩を大切にする

 
 十二月十日、十三国・地域からやって来た百人以上の慈済ボランティアと医療チームがホフトラに入った。現地のボランティアの案内の下、市街地を周って被災状況を確認し、無料診療と物資配付の準備を行なった。
 
 大地震の襲った九月十九日の後、九月二十五日に十一人のボランティアがアメリカとメキシコから集まり、ホフトラで被害状況を視察した。その後、再び視察を行って物資配付の会場を準備した。被災地に戻ってくるという約束を果たし、現物引き換えカードと毛布を二千八百世帯以上に届けた。
 

●約束を果たす

 メキシコはカトリックの国である。慈済の災害援助は宗教や種族、地域を分かたず、物資配付の会場では神父が聖水をまき、ボランティアたちはメキシコ国旗の下で共に伸び伸びとメキシコ国歌を歌った。
 
 一月十五日、サンティアゴの教会では八度目の物資配付と無料診療が行われた。九月二十六日にここへ来て被災地を視察し、神父と良い縁を結んだ慈済グローバルボランティア総監督の黄思賢(右端)は、「慈済の愛は時間、空間に阻まれることはありません。私たちはまたここへ戻って来ました。将来、『愛』と『思いやり』を携え、またきっとここに戻って来ます」と語った。
 
 

●直接、そして確実に

 慈済ボランティアは十二月七日、トラウアック市で初の物資配付活動を行った。市民は配付通知書を持って入場し、家族の人数に応じた額や量の現物引き換えカードと台湾から送られたエコ毛布を受け取った。
 
 ボランティアの安全を守るため、市から派遣された武装した軍人や警察官が警備に当たった。
 
 

●心身を癒す

 手を骨折したある高齢者は、しばらく薬を交換しておらず、助けを求めて慈済の無料診療ステーションにやって来た。医師は治療をするかたわら、患者の気をまぎらわそうと歌を歌った。
 
 
 無料診療エリアには、ひっきりなしに市民が行き交った。腎臓病や高血圧、糖尿病などの慢性病を抱えている人のほか、多くの心的外傷後ストレス障害の人々が訪れ、震災後、食べ物が喉を通らない、眠れないなどと語り、また倒壊した家屋を再建できない不安やストレスを訴えた。
 
 西洋医学の医者は心身を癒す薬を処方し、東洋医学の専門家は鍼灸や整体で苦痛を和らげた。しかし最も重要なのは、話を聞くことだった。言葉は通じなくとも、温かな視線や言葉、またスペイン語に通じたボランティアに通訳してもらって人々の心を慰めた。
 

●毛布リレー

 人々は物資を受け取ると、皆親指を立てて、ボランティアに感謝の意を伝えた。
 
 
 救援物資は台湾や世界の慈済人から送られた愛と思いやりである。台湾のボランティアが緊急に送ったコンテナ二つ分、一万二千六百枚のエコ毛布が船で約一カ月の時間を経て輸送され、現地メキシコの「食糧基金会」の協力により、輸入関税が免除された。物資はメキシコの台湾人実業家、方台生の倉庫に届き、荷下しして数を確認し、再包装した後、各地の配付会場に送られた。
 

●慰めは良薬なり

 アルゼンチンのボランティア、洪良岱(下写真中央)は十月十二日にメキシコに入国した。十二月十八日に出国し、二カ月の長きにわたってボランティア活動に従事した。視察チームの一員である彼女は、人々を率いて被災者を訪問し、また現地のボランティアを訓練して経験を伝えた。
 
 
 現地のボランティアの案内により、慈済人は入り組んだ街道に入って人々を訪問することができた。ベビーカーを押しながら、被災家庭リストを手に家庭訪問する母親を見て、洪良岱は「平凡な主婦でも世の人々のために奉仕することができる」と強く感じた。
 
 洪良岱は、「慰め」は良薬だと語る。家庭訪問や物資配付の際、多くの被災者がボランティアの肩に顔をうずめて泣き、ボランティアが熱心に被災者の苦しみに耳を傾ける光景が見られた。
 
 『無量義経』に「苦既抜已、復為説法」とある。多くの被災者が自らを奮い立て、ボランティアとなったことは、この言葉の最良の証である。
 
NO.255