慈濟傳播人文志業基金會
僕がパパの目になるんだ

彼らはシリアからトルコへ不法入国してきた。

ただ子供たちに明るい未来を与えるために…

 
「待って、パパはどこにいるの? 僕のパパは目が見えないから僕のそばに座らないと」と、シリア人の慈済ボランティアに助けられて先に車に乗り込んだシリア難民のアリー君は心配そうに言った。
 
六月二十三日の午後六時、九人乗りの車を運転したボランティアは、トルコ・イスタンブールのアルナブト市の中央バス停留所で、仕事を終えた父のアラディンと息子のアリーを載せて自宅へ送り、インタビューをすることになっていた。
 
アリーの父親は両眼を失明している。車から降りる時にアリーは父の頭がぶつからないように素早く手をかざした後、飛び降りて父の手を取り車から降ろした。そして一歩一歩手を引いて、古びたアパートの階段を登っていく。
 
階段は狭くて段差が不揃いの上に暗い。同行したボランティアのオサマは、目の見える人でもこの階段を昇り降りするのは大変だ、まして目の見えないアラディンにとってこれは難題だと言った。
 
パパが客間に座ったのを見届けると、アリーは素早く寝室に入ってママの腕からまだ一歳にならない妹を抱いてきて、私たちに家族全員を紹介してくれた。
 
●シリアからトルコへ不法入国した目の見えないアラディンと息子のアリー。
 
アラブ社会では、異性の客が訪ねてきた時は、女性は部屋から出ず、男性に顔を見せてはいけないことになっている。だから、男性ボランティアは男主人の家にいない時には訪問ができない。
 
アラディン一家は、慈済がトルコでケアを行っている七百三十二世帯の家族の中の一つだ。三年前、彼らがシリアからトルコへ不法入国した時は、多くの恩人に助けられたことに感謝していた。トルコの憲兵は目をつぶって、失明した彼と家族を明るい未来の道へ歩かせてくれた。
アリーは毎日父親と一緒に街頭で水やペーパーナプキンを売っている。父親はアリーに、人は貧しくても志まで貧しくなってはいけないことを教えている。
 
聞いている私は涙がにじんでカメラのレンズが曇った。子供たちの将来を思っていなかったら、死を覚悟してまで異郷に逃げ延びては来なかっただろう。毎回シリアの人々の艱難辛苦な体験を聞くたびに心が痛む。また、それが、無常な人生において戒を慎み、さらに心から娑婆世界の覚有情に感謝しなければならないと、私たちに教えている。
(慈済月刊六〇八期より)
 
●シリア人の慈済ボランティアが、アリーを訪問して嬉しそうに話をしている
 
 
NO.256