慈濟傳播人文志業基金會
BRACのCEO ブァズレ氏に 「社会事業」について単独インタビュー
ブァズレ・ハサン・アベッド  (Sir Fazle Hasan Abed)
 

 1936年、バングラデシュで生まれた。かつてはロイヤル・ダッチ・シェルグループ会計部の上級管理職を務めた。1972年、バングラデシュに公益財団法人「バングラデシュ農村発展委員会」(BRAC)を創設し、貧困救済、小額信用貸付、農耕指導などを行っている。

 BRACは11カ国において、1億3千万人以上を支援してきた。国際的な規模の「国境なき社会資源建設組織」になった。配下には、バングラデシュの最高学府のBRAC大学を含む48000校の学校を所有し、12000個の地域発展のための関連組織を持つ。運営している社会事業には、乳製品の会社や銀行、電子決済プラットフォームなどがある。

 
 
全力を傾けて貧困からの離脱、識字率の向上、農業や食糧の安全対策を提供することに尽力するBRAC創立者でCEOでもあるブァズレ・ハサン・アベッド氏は、二〇一七年、フォーチュン誌に、世界で最も影響力のあるリーダー五十人の中の一人に選ばれた。
 
 二〇一七年十月、八十一歳になったブァズレ氏は台湾を訪れた。そして大愛感恩科技会社を訪問し、本誌がフェズレ氏に単独インタビューした。「社会事業を通して、どのようにすれば貧しい人が貧困から離脱できるのか。また、NGOの運営を永続するにはどうしたらよいか」について意見交換を行った。
 
質問:貴方が社会事業を興した理由は何ですか?また、単純な募金活動でBRACの資金問題を解決しないのはなぜでしょうか。
答え: バングラデシュは世界最貧国の一つであり、改善しなければならない問題はたくさんあります。一九七〇年、我が国は自然災害に遭遇し、貧困層の人々が大勢犠牲になりました。一九七一年、バングラデシュはパキスタンから独立しました。その後、私はBRACを創設して、戦争で発生した難民を支援していました。当初、募金に頼る方法をとりましたが、救援活動の範囲がどんどん広がっていったため、社会事業に発展させることにしました。自給自足ができるようになると、末長く安定した状態が保てると考えたのです。
 
我々の社会事業は、人を支援することに関連しています。例えば、バングラデシュでは、大勢の農家が不作になる原因は、良質な種子が不足しているためです。そこで私は高い品質の種子を提供し、彼らの生産性を高めることができました。それから種子の店や種子銀行を設立しました。このような社会事業の力で彼らが貧困から脱することを助けたのです。
 
しかし、農作物の生産量を増やすだけで、市場を開拓しなければ、農民の生活は改善できません。そこで、バングラデュにおける最大の乳製品生産会社を持つBRACが国内の牛乳を買い集め、乳製品に加工し販売することにしました。
 
別の例として、私達は手工芸品の店をたくさん持っているので、女性向けに衣服や絹製の製品を仕入れ、店で販売しました。それは彼女たちの生活支援を確保するためでした。かつて店員に売り上げのことを聞くと「今日は、上々ですよ」との返事でした。私は、「それらの売上金は大勢の人に就職の機会を与え、彼らの現況を変えて生活が良くなるでしょう」と彼女たちに話しました。
 
マメ辞典 社会事業
 
「社会事業」の形態は様々で、非営利事業団体もあれば営利会社もある。両者の共通点は、商業行為により社会あるいは環境の問題を解決していることである。社会事業は営業許可を得られるが、実務者が給料を得る以外、会社所有者や投資者には株の配当やその他の利益分配が一切ない。すべての利益は共益事業に投入したり、組織運営とその維持のために使われ、社会や環境保全の問題を引き続き解決することができるようになる。(資料ソース:「社企流」ネットワーク、大愛感恩科技会社ネット)
 
貧困者にいかに対応し支援すれば、彼らがどん底から立ち上がれるのでしょうか?
答え:貧困者は自ら自分の運命を変える重要な役割を持っています。BRACの役割は、貧困者の運命を変えるために、有利な環境や基盤を創り出すことです。
 
私達は「少額信用貸付」を行っていますが、それは一般の金融支援を得ることのできない貧困者だけにお金を貸し、彼らが生活必需品や家畜などを買うことができるように支援するものです。しかし最も重要なことは、真面目に働きたいという気持ちを彼らに持ってもらうことです。得た資源をうまく運営することで、いつしか借り入れた資金を返済できるようになり、自分も平穏に暮らせるようになってほしいのです。
 
質問:あなたはどのにして十一万人もの従業員を持つBRACという組織を管理し、管理下のNGOや社会事業企業の経営方針を終始一貫して保っているのですか?
答え:慈善と利を得ることは対立することではありません。私達の組織は巨大なので、規律を中心に管理が行われるべきであり、誰か一人がすべてのことを決定するのではありません。組織の中に大勢のリーダーがいて、受け持つそれぞれの健康や教育等の分野で尽力しているのです。
 
各々のリーダーは専門知識を持ち、すべての部署には決裁機関を置いて、組識の決定事項は決裁までに何度も検討を経て進めるのです。年始に必ず年間の事業計画を提出して、年末には達成率を点検します。また、五年毎に戦略の修正計画を立てます。我々は誰かが過ちを犯すことを恐れず、チャンスを与えます。過ちから何かを学ぶことができたら、それは次世代のリーダーを育てることになります。
 
NGOで働く人は、「愛はあるが、仕事には効率があるとはかぎらない」と思われがちですが、私はNGOがやっていることを「効率があり、公益もある」ように願っています。そうすれば社会のさまざまな問題が解決できると思います。私は、「とりあえず一般の企業で二年間ほど働いて、組織の管理や各マーケットの考え方などを学んでからNGOに来なさい」と若い人に提言しています。
 
ブァズレ氏(左)は慈済実業家ボランティアが設立した社会事業会社、大愛感恩科技会社を訪問し、社長の李鼎銘と記念写真を撮った。
(写真提供・大愛感恩科技会社)
 
質問:経営において、挫折や失敗した経験はありますか?
答え:もちろん、私達にも失敗した経験は多々あります。例えば一九九〇年の初めごろ、BRACは国連の世界食糧計画署と提携して、養蚕の合作を行い、バングラデシュで二千五百万本の桑を植えることを計画し、まず私達は二千人の農民を募集して桑の苗を培養しました。その後、一万一千人の婦女を雇用し、各地の道端の公有地に桑の木を植えました。このプロジェクトに参加した婦女は、毎月五十キロの麦とトウモロコシを収穫しました。
 
ところが、一九九四年には思いがけない大洪水に見舞われ、植えた桑の木は全部水に浸って死んでしまいました。それが私にとって最大の失敗でした。あれほど大勢の人と資源を投入したのに、期待した効果に到達しませんでした。それからこの教訓を胸に、桑の木を小高いところに植えることにしました。この計画は今もまだ続いています。
 
質問:あなたの見たところ、台湾でのNGOとバングラデシュのNGOとの間に、問題の解決方法に対して、なにか違う点はあるでしょうか。また、お互い参考になる部分はありますか?
答え:バングラデシュのNGOは、最も基礎的なサービスを提供しています。例えば、村で基礎的な教育を行っていますが、このようなことは台湾ではすでに完備されています。
 
慈済とBRACはともに慈善団体です。しかしお互いに差異が非常に大きいのです。慈済は、緊急支援の対応を重視するので、実際の功績を称えられています。
 
慈済の社会事業・大愛感恩科技会社の製品は私にとって深く印象に残りました。とりわけ回収したペットボトルで再生した毛布はまさに愛のギフトだと言えましょう。すべての製品が創意に富み、実用性を兼ねていました。このように愛を以て実用的な製品を作り出すことこそが、公益と環境保全の結びついた最良の模範だと思いました。
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