慈濟傳播人文志業基金會
精舎の尼僧 永遠に慈済人を支える後ろ盾
精舎の台所には夜通し明かりが灯り、
生姜汁と饅頭が蒸し上がって熱い蒸気が上がっていた。
精舎の尼僧達は長年の経験と鍛錬を積み重ね、指令がなくともただちに、救助の前線で活動する救助隊員の後方支援活動を開始した。
 
二月六日、静思精舎にはいつもと同じ夜が訪れていた。唯一特別なのは、證厳法師が二回目の歳末祝福会を終えて二十七日間の行脚から帰ってきたことだ。それは毎年の「静思精舎で新年を過ごす」活動の準備が最後のカウントダウンを迎えたことを意味していた。
 
森の中の精舎での規則正しい修行生活では毎日同じことが繰り返される。夜九時四十分の就寝の板を打つ音で、精舎は世から隔絶した静けさを取り戻した。尼僧達は全てのことを手から放し、エネルギーを蓄え、新しい一日を迎えるための準備をする。
 
深夜十一時五十分に、木造の窓とドアの揺れる音が聞こえ、夢の中でもすぐ地震だと分かった。揺れには慣れていたが、振動はますます強くなり、ベッドの横の本棚から本とコップが落ちてきて、普段より強い揺れを見せた。あまりにも怖かったので、思わず声を上げて叫んだ。
 
尼僧達と男女の修行者達は、ただちに精舎の建物が損害を受けたかどうかを調べた。やはり普通の地震ではなかった。水道管が破裂し、ドアと窓が落ちていた。壁と柱と屋根のコンクリートも、メインホールの燈管も落ちたが、幸い皆無事だった。
 
それから、皆が考えたのは、同じように、花蓮市内などの場所は皆無事だろうか、ということだった。
 

この一刻、我々に何ができるのか

 
ただちにノートパソコンをたちあげ、「0206花蓮地震防災総指揮センター」を設置した。テレビをつけ、地震に関連する情報を収集し始め、状況の把握に努めた。
 
證厳法師も書斎から出て来た。被害の情報を伝えるテレビ報道を見ながら、花蓮慈済病院、学校及び各地の慈済メンバーが無事かを調べるように指示し、毛布や福慧ベッドなどの救済物質の在庫を確認した。
 
深夜なのに、皆は時間を忘れ、ただ何ができるかを一生懸命に考えていた。
 
慈済基金会の職員と地域ボランティアは、交通状況の安全を確認した後、それぞれ最も厳しい被災を受けた統帥飯店や国盛六街などの被災地域に出向き、被害状況を調べた。職員とボランティアは続々と花蓮静思堂に入り、防災協調センターを設置した。
 
同時に、精舎の尼僧達は自ら台所へ向かい、炊き出しの準備を進めた。被災状況はどこまで広がっているか分からないが、寒い中、救援活動の前線で最も必要なのは生姜汁と温かい食事だということを知っている。
 
●夜中2時過ぎに、地震が起きた。それから3時間経たないうちに精舎は温かい食事を用意し、救援活動の支援をした。(撮影・潘彦同)
 
今この時、證厳法師がおっしゃられたように、精舎は全世界の慈済人の後ろ盾であることを深く理解できた。職員とボランティアが前線で被災状況を調査しているとき、刻々と変わる要求に応じて、精舎尼僧達と修行者達は随時最前線で救助に関わる人々を安心させ、後顧の憂いを取り除いているのだ。
 
精舎の台所には光が明るく灯り、尼僧達は生姜湯の準備をし、熱湯を用意した。蒸し器担当の尼僧達は饅頭を用意した。夜中の二時に、五百人分の饅頭と生姜汁、それに五穀スープができあがると、二人の精舎の尼僧が統帥飯店、雲翠ビル、慈済病院の救急治療室へ届けに出かけた。
 

徹底的な奉仕により、

多くの人を成就させた

 
慈済ボランティアは災難が発生した現場で、いつも真っ先に駆けつけ、最後まで残り、多くの被災者の傷ついた心を慰めてきた。今回の地震は、慈済の発祥地である花蓮に起きたため、證厳法師は大変悲しみ、心を痛め、家をなくした住民たちが明日をどうやって迎えるのかを心配していた。精舎の尼僧達も随時待機して、被災者達の心のケアに当たった。
 
静思精舎の修行者達は、一日作さざれば一日食らわずの自力更生による純朴な生活を送っている。道場では持ち場を守り、各自の職務に励んでいる。
 
地震が起きた後、台所で毎回六百人分の食事を作り、残りの尼僧も、時間を調整して同じ鍋で被災者のための食事を用意した。
それぞれ違う地域から来た尼僧たちは、無形の心を通じ合わせ、てきぱきと力を合わせて、被災者が避難所を去るまで七日間、温かい精進料理や生姜汁を提供し続けた。
 
お正月を迎える前のこの時期は精舎の一番忙しい時期だが、救済に当たっては、時間はさらに足りなくなった。それでも尼僧達は避難所を訪ね、毛布を配付し、温かい食事を作り続けた。證厳法師及び全世界の慈済人からの労わりと祝福を、被災者へと届けた。
 
●静思精舎の法師と運営建設所の職員とボランティアが被害の大きかった七星潭に被災者を見舞いに訪れ、援助物質と見舞い金を配付した。(撮影・鄭啓聡)
 
とても間に合わないのではないか? 平常心で向き合い、悦びで善い縁を結ぶ疲れは感じないのか? 体は疲れるが心は疲れない。この世こそが道場である。
 
無情の地震は死別の悲しみを与えた。正月の前に温い家庭をなくしたことで、どれほどの失望を人々は味わっただろう。天災は避けられないが、心が揺れないことを願う。
 

負担ではなく感謝

 
救済が一段落して除夜がやってきた。尼僧達は少しも休む余裕はなかった。
 
大晦日のイベント「精舎で新年を過ごす」開催準備、宿泊や食事、交通、活動などの計画も事前の計画通り救済の活動と平行して進められた。精舎の皆にとって、これらの仕事は負担の増加ではない。人の群れに入り、この世の苦を体験し、人を助ける機会が与えられたことに、感謝の気持ちでいっぱいなのだった。
 
全世界の慈済人が精舎で年末を過ごし、訪問することは一年での最大のイベントだ。證厳法師と除夜の食卓を囲むことを皆心待ちにしてきた。除夜と年明けの初日のピークでは、食卓の数は通常の六十卓から二百卓へと激増した。常駐法師とボランティアは、約二千人の食事のために、野菜を洗ったり切ったり煮たり、食器を並べたり、料理を出したりすることから、食事後の整理、処理、洗浄などは体力と忍耐力が試される大きな試練だ。
 
毎年のように人文ホール、小樹の屋、陶芸坊、菜園などでは違う内容のブースが設置された。全台湾から集まったボランティアのほか、精舎の尼僧達も忙しい中参加する。会場に来た人も法話を聞き、法の香りに浸り、慧命を増上し、交流にも法を取り入れている。自分の健康と家庭の平和を感謝すると同時に、世の中の苦しんでいる人のために、心を込めて敬虔な祈りと祝福を捧げるのだった。
 
今年最も特別なスポットは、全長約二百七十メートルの落羽松歩道である。百本以上の落羽松の間に、三本の歩道が敷かれている。法師が先頭に立ち、皆と静かに歩みを進め、心を静める。その中に自分の心を照らし出し、懺悔の気持ちを持ち、過去を改め、未来に向かって修行することを心に決める。足下までこの心がけを行き届かせ、四つの誓願を立て、この世でこの願いを実行するためである。
 
「多忙」という言葉は、尼僧達がこの期間中充実した日々を過ごしたことだけでは言い表せない。災難に対し悔いのない援助を行い、正月期間中の来客ももてなすことができたのは、すべて證厳法師のご指導によるものだ。それによって、慈悲の心は行動に現れ、法を一人ひとりの心に残すのだ。
 
この世に奉仕を捧げる真心を持ってこそ、愛のエネルギーは絶えることなく、試練に耐えうる原動力となる。
(慈済月刊六一六期より)
NO.256