慈濟傳播人文志業基金會
遅咲き天使の朝山礼拝
自分に問いかける。無料診療以外に、この遅咲きの天使たちのために何かできることはないだろうか? 
その時の自分に答えは出せず、ただずっと心に引っかかっていた。子供達から「いつか朝山礼拝(念仏を唱えながら三歩一拝で本堂まで拝する)に行けるだろうか」と聞かれるまでは……。
 
中部慈済人医会は長期にわたり南投特別支援教養院で無料診療を行ってきた。ある時、二組の双子の生徒がいることを知って、とても驚き、気になった。先生の話では、学校には四組の双子がいるそうだ。彼らの両親の苦悩を思うと忍びない。
 
三カ月に一度の無料診療では、歯垢、歯石の除去を主に行う。内科検診もある。だが、ほかにできることはないだろうか?
 
その時は答えを思いつかなかったが、ずっと考え続けていた。
 
●「頭のどこが痛い?」「吐き気はありますか?」南投特別支援教養院で慈済の無料診療に参加した洪啓芬医師が問診を行う。奥さんの陳美恵も生徒に付き添う。(撮影・陳建昌)
 

毎日の礼拝で善念が生じる

 
二○一六年の端午節の直前、私たちは五百二十個の野菜チマキを作って先生と生徒に贈り、一緒に節句を祝った。子供達は慈済人に出会うといつも尋ねる。「次のお参りはいつですか?」。彼らはもう三年連続で慈済灌仏会に参加しており、式典も礼拝も「お参り」だと思っているようだ。
 
院長の林芳珥さんと秘書の杜耀星さん、そして多くの先生方と話し合った末、私たちは共通の認識に至った。子供達のため院内に仏堂を作りたい、ということだ。そうすれば彼らは毎日お参りができるのだから。
 
同年八月八日、名誉理事のサポートで、南投特別支援教養院の仏堂が完成した。
 
それから毎日、子供達は自発的に仏堂でお参りをしている。まず校長室で小銭を受け取り、礼をして願いごとを唱え、竹の貯金箱に小銭を入れる。小さな善が大きな善を支えることを知っているからだ。そして最も多くお参りをした生徒は順に「班長」「副班長」と呼ばれるようになった。
 
学校の関係者が私に教えてくれた。生徒の中で誰かの具合が悪くなったり入院した時は、校長自らがほかの生徒と一緒に仏堂へ来て回復を祈るのだそうだ。院長は、仏堂ができてから生徒は変わっていった、争いごとが少なくなったし、かんしゃくもあまり起こさない、素直になってきた、と話す。
 

病で苦しまないようにと願う

 
私は二○一○年に慈済委員となったが、初めて朝山礼拝をしたのは二○一七年四月十六日である。花蓮の静思精舎を訪れ、師匠の説明を聞いた時、私はやっとその意義が理解できた。朝山礼拝とは巡礼し懺悔することであり、善知識と共に一歩一歩進みながら成仏を目指して、仏の領域に近づくことなのだ。
 
大愛テレビのニュースでその様子を見た子供達は、私に花蓮へ連れて行ってくれないかと尋ねた。その時、私の心が再び動き出した。この「遅咲きの天使たち」にも同じことができるのではないだろうか、と。
 
今年はあらゆる慈済集会所で読書会や「国際大愛、人々の絆を願う」をテーマとした音楽会が開かれ、「東方瑠璃薬師仏大願」を学習している。私はその中の「第六大願」を思い出していた。来世で悟りを得ることを願う。諸々の衆生のその身は生まれながらに眼、耳、鼻、舌、手足が不完全であり、愚かで道理を知らぬ上に不自由に苦しみ、不治の病や難病をかかえている。仏法の智慧を学び、悟りに至れば、皆すべてが完全となり、苦しみはなくなる、という教えだ。そうだ、彼らを連れて花蓮へ行こう、彼らの来世が病苦のないものであるよう祈願しよう、と考えた。
 
●南投県草屯の慈済ボランティアは2017年の初め、南投特別支援教養院で「世界菜食の日」を記念し、野菜のコスプレで楽しく菜食の指導を行った。(撮影・簡宏正)
 
南投特別支援学校の先生方は毎年二度、生徒を連れて旅行をする。私たちは院長と先生方と話し合い、八月に花蓮に行くことを計画した。そして静思精舎への朝山礼拝を体験させることにした。
 
私たちが精舎の師匠に提案すると、その頃の花蓮は熱さが厳しく、気温が三十五度を越えるだろうから、子供達が耐えられるだろうかと心配してくださった。しかし、院長はじめ先生方は大丈夫だと考えていた。
 
それで計画通り実行することにし、二十名の先生方と六十六名の生徒が八月五日花蓮に到着した。翌日から朝山礼拝を行うことになっていた。気温は高くなるという予報が出ていたので、私も熱中症を心配したが、夜八時に慈済基金会宗教処から連絡があり、證厳法師のお言葉が伝えられた。「皆さんの生徒たちは良い子で純粋ですから、暑さにも負けないことでしょう、皆さんが気をつけてあげてください」。宗教処でも場所を整えているという。私もそう聞いて安心し、法師のお気遣いに深く感謝した。
 
八月六日午前、ボランティア十名に伴われて精舎に入った。師匠と宗教処の方々の出迎えを受け、朝山礼拝の意義と作法の説明を聞き、「慈悲の広場」から礼拝を開始した。
 
師匠は念仏を唱えながら私たちを導いて下さった。三歩進んでひざまずき、ゆっくりと本堂の外回廊を前進する。汗が私の眼鏡と目頭にしみてくる。子供達を振り返ることはしなかったが、私にはみんなが同じ動作をしていることが分かっていた。ひざまずいて改めて懺悔しているのだ。これまでの良くない行為を悔い改め、心を清めることで、さらに仏に近づけるように……。
 
みんなで一歩一歩進み、本堂を目指す。成仏への道程に入って、成仏の境地にたどり着けるように。やがて入り口に着いたので、体を起こし、問訊(仏教の礼法で、合掌して頭を下げておじぎをすること)をして本堂に入った。それから徳善師匠の開示を聞き、会議室で德寋師匠の話を聞いたのだが、子供達のために分かりやすい言葉で話してくださった。とくに、「良いことを話し、前向きに考え、善い行いをするように」と励ましていただいたことが忘れられない。
 
●静思精舎で朝山礼拝をした後、德寋師父の話を聞く生徒達(写真提供・洪啓芬)
 
昼食の後、みんなは再度本堂に集合し、災難のない世の中になるよう祈った。そして大型バスで次の目的地を目指した。
 
みんなを見送りながら、私の心は感動と法喜に満たされていた。心から彼らの来世が障害のないものであることを祈りたい。また、花蓮の精舎にある師匠と宗教処の皆さんの準備に深く感謝したい。皆さんの協力のおかげで遅咲きの天使たちは朝山礼拝という願いを叶えることができたのだから。
 

護念 行者を見守る菩薩の心

◎文・林芳珥(南投特別支援教養院院長) 訳・黒川章子
 
二○一三年より慈済ボランティアの皆さんの温かい計らいにより、教養院の良い子(知的障害者)たちは毎年「灌仏会」「七月吉祥月祈福会」「歳末祝福式典」に参加し、踊りと手話パフォーマンスを披露するという縁を結んでいただいています。ボランティアの皆さんのご支援により、院内に仏堂が完備され、より多くのイベントを行うことができるようになると、子供達は、花蓮へ行き證厳法師にお会いしたいという夢を持つようになりました。
 
そして、洪啓芬医師と陳美恵さんのご協力により、私たちはついに自動車、汽車、新幹線を乗継ぎ、その夢の旅路につくことになったのです。子供達にとって「朝山礼拝」は何にもまして期待と喜びに満ちたお参りでした。炎天下の中でひざまずく動作は大変でしたが、子供達の顔が曇ることはありませんでした。きっと、彼らの心が「広く純粋である」からでしょう!
 
子供達の動作はゆっくりで、乱れたり、礼儀知らずなところもありましたが、熱心に学び、努力し、汗を流しながらすべての動作を終えることができました。師匠の方々に忍耐強く指導していただき、また、草屯のボランティアの方々に全力で見守っていただいたおかげで、遅咲きの天使たちの夢は叶ったのでした。
 
帰りの汽車の中で、子供たちは何度も師匠のお話を繰り返していました。「良いことを話し、前向きに考え、善い行いをする」と教えてくださった法師様や師匠様、そしてボランティアの皆さんには心から感謝を申し上げたいと思います。子供達に善の種を蒔いていただきました。生きてゆく意味を見い出すことができた彼らは、この上ない幸せを感じることができました。
 
 
 

円満 完璧で完全な結末

◎文・杜耀星(南投特別支援教養院秘書) 訳・黒川章子
 
静思精舎に行って朝山礼拝ができることを、「遅咲きの天使」たちはどれほど楽しみにし、喜んだことでしょう。出発の一カ月前、院長は私にこう言いました。「朝山礼拝に行きたいのです。テレビでいつも見ている證厳法師にお会いし、静思精舎を訪ねてみたいのです」。それはまさしく私と子供達の願いでもありました。
 
静思精舎に着くと、ボランティアの皆さんに導かれ、子供達は靴を脱いで靴袋に入れ、背中に背負いました。その姿はひときわ印象に残っています。子供達は長袖を着て膝あてをつけていましたが、その日はとくに暑い日でした。この日のスケジュールを続けるべきかどうか考えていると、師匠が到着され、礼拝が始まりました。読経の中、三歩進んで一度ひざまずくことを繰り返し、全員大殿へ戻ることができました。この場を借りて、證厳法師と師匠、そしてボランティアの皆さんの庇護のもとで、子供達が無事に礼拝を成し遂げたことに、心から感謝を申し上げます。皆様にも祝福がありますように!

 

お兄さんがんばって!

◎文・簡慧玲(南投特別支援教養院関係者) 訳・黒川章子
 
「合兄さんが病気になった! 頑張って!」。八月六日、朝山礼拝のグループで潔ちゃんは繰り返しこうつぶやいていた。潔ちゃんと合くんの兄妹は教養院で暮らしている。潔ちゃんは静思精舎の師匠が念仏を唱える声を注意深く聞き、自分もひざまずいてつぶやき、心の中ではこう唱えていた。
 
二○一七年七月二十二日、兄の合くんは脳内出血を起こして昏睡状態となり、集中治療室にいた。八月十日、合兄さんは呼吸器をつけていたが眼は見開いていたので、潔ちゃんは嬉しそうに声をかけた。「お兄さん頑張ってね! こっちを見て!」。そして、朝山礼拝に参加すると決まってから買い求めた小象のキーホルダーを合くんの手に握らせて言った。「一緒にいるからね、祈ってるからね」
 
教養院のスタッフは自発的に「子供達の安全を祈り、百人で十五日間ベジタリアンになる」と決めていた。そして参加人数はすぐに百人を超えた。八月二十三日、合くんの呼吸器が外された。私たちは合くんに言った。「ありがとう。君のおかげで院内の人たちはベジタリアンの心がけを持つようになったよ」
 
八月二十九日正午、ボランティアの方々が院で愛を広めるイベントを行った。先生と生徒四百人近くが一緒にベジタリアンとなって参加したのだが、その夜、病院から合くんが一般病棟に移ったという連絡があった。よかった。神様、感謝します! 私たちの心の声を聞いてくださってありがとう!
 
NO.257