慈濟傳播人文志業基金會
蘇生と再生 環境保全を広める
十年前に、四川には慈済のボランティアはいなかった。
十年後に、田舎や都会で、
慈済のボランティアは両手で百本以上の大木を回収した。
同時に自分を変え、他人に影響を与える善良な人となった。
 
四川大地震の後、被災者は家の修繕ローンを抱えているため、若い人は田舎を離れ、都市部へ出稼ぎに行き、老人ばかりが家に残された。十年前に起きた地震を契機に、これらのお年寄りは自分たちの住む場所を護るために力を注ぎ始めた。
 

漢旺のシルバー族は田舎を愛する

 
十年は人の人生にとって決して長くはないが、四川の田舎で十年間環境保全を続けてきたことは決して簡単ではない。
 
山に囲まれた徳陽綿竹市の漢旺鎮青龍村は、鳥のさえずりと花の香りに包まれている。漢旺鎮在住の任時香さんは、当時の環境は今とかなり大きな差があって、全く違ったものだと話した。当時用水路や住宅の回りはゴミだらけで、至る所が汚かった。今きれいになったのは、環境保全のボランティアと大きな関係があるのだそうだ。
 
村民の杜国元さんは今年八十四歳で、十年前に地震で家が壊れた。木造の小屋に住み、建て直しを待っていた彼は、漢旺の土地に踏み入れた慈済のボランティアの後について、環境保全活動を今までやり続けてきた。
 
「以前はたくさんの病気を患っていましたが、環境保全を始めてから体は徐々に丈夫になってきました。環境保全は良いことで、地球を守ることだと理解してから、ますますこの仕事を好きになりました」と杜お爺さんは言った。最初は破壊された大地を見て悲しんでいたが、環境保全活動をやっているうちに、違った気持ちになり、家族の人にまで影響を与えたのだった。
 
●84歳の杜国元さんと妹は環境保全に熱心に取り組んでいる。「生きている限りは毎日続けたい」と話す。
 
徳陽市で勤めている息子と孫は、年寄りの母親が楽しんでボランティアをしているのを応援しようと、毎週仕事場から回収物をもらって帰っている。孫娘は祖母の行動に誇りを持って、事務所の同僚にお爺さんとお婆さんが資源回収をしている話をすると、皆が回収物を持ってくるようになった。
 
七十六歳の杜さんと奥さん、それに六十七歳の妹さん、七十六歳の姑は皆村の環境保全ステーションを広める素晴らしい相棒だ。奥さんは最初心配していたが、徐々に体が丈夫になり、気分もよくなったのを見て、最後には一緒について来たと言う。
 
杜爺さん一家はこの村の人々に影響を与え、環境保全活動のボランティアの人数は二十人になった。それに二千人以上の村の住民のほとんどが資源を回収している。毎週の環境保全の日には朝の七時から午後の二時まで働かなければならない。
 
 

洛水環境保護ステーションはわが家だ

 
漢旺鎮から近い洛水鎮は徳陽什邡市に属している。その中で十年間も慈済で環境保全のボランティアをやり続けている人たちがいる。毎週水曜日の夜は菜蔬地区で夜間環境保全をするほか、毎週金曜日の午後の作業は二時から始まり、二人の師兄が二台の電動三輪車に乗り、回収物を載せ、洛水鎮の地区、街道、店舗を回っている。
 
曾令華師兄は環境保全ステーションを自宅のように毎日回り、回収物の整理や掃除を確認している。毎日のように環境保全ステーションをきれいにして、訪問に来た人々に環境保全ステーションに対する認識を変えてもらおうとしている。
 
九年間の環境保全の道は、曾令華さんにとっては当たり前のことなのだそうだ。「自ら進んでやる。嬉しく受け入れる。正しい事はとにかく実行すること。これは自分のやるべき事です」と言う。奥さんの羅鳳萍さんは、「物の命を大切にし、性格的にも落ち着いてきました。前は粗野だったけれど、今は分類の仕事を楽しくやっているし、心も穏やかになりました」と話してくれた。
 
羅鳳萍さんはよく洛水サービスセンターでボランティアの面倒を見、訪問者の応対もしている。同時に曾令華さんは後ろの環境保全ステーションで忙しい。夫婦二人は洛水にある慈済の家を毎日にぎやかに活気づけている。
 
以前、洛水環境保全ステーションの設備は古くて簡易的なものだった。現在、改築中だが、住民達は熱心に資源分類に集まる。
(慈済月刊六一八期より)
NO.259