慈濟傳播人文志業基金會
若者の力が世界を変えた
台湾では、宗教信仰は民衆がボランティアに投入する原動力になっている。以前のボランティアは中高年が多く、善行や徳を積むこと、あるいは社会に貢献したいという気持ちで人のためになることに尽くしていた。しかし近年来、ますます多くの若者が社会貢献活動を行う団体に加入するようになり、それが世界を変える重要な力になっている。
 
国連は二○○一年を「青年ボランティア年」と宣言した。台湾のNGOとボランティアの数もまた、この十年間近くで倍に成長した。その中には多くの活力に満ちた姿が見られる。
 
「慈済大学専門学校連合会」は設立から二十五年が過ぎた。メンバーは各大学や専門学校内で社会ボランティアサークルを組織し、それは「慈青社」と呼ばれている。彼らは慈済委員とともに病院や貧困家庭の訪問ケアなどのボランティアに参加し、学校生活から踏み出して、仏法の教えにある「生老病死」を体得している。
 
彼ら若者は、経済成長期を迎え生活レベルが向上した時期に生まれた。物欲を満たすことが優先される資本主義潮流の時代に成長している彼らは、生命の価値に疑問を感じている。一体どう人生を歩んだらよいのか? 真の喜びを求めるにはどうすればよいのかと。
 
ボランティアとして奉仕する過程で、自分自身の生活環境との違いに衝撃を受け、人と善を介して結ばれることにより、人としての道理や生命の真諦を経験している。
 
移民や留学などの形で、慈青たちは異国に根を下ろし、発展している。米国の慈青は十一年間続けて国連青年大会に参加しており、国際貢献や国際交流の経験をしている。オーストラリアでは、福祉制度はよいが、医療費は非常に高い。歯科医の免許を取得した慈青は、経済弱者に対して施療を行い、さらに「慈済人医会」を設立した。
 
学生時代に慈青社の活動に参加していたことが、後の人生観に影響を及ぼしているのだ。ある医師は、かつて医学部で学んでいたころ、病院のボランティアに参加し、病人と家族が苦しんでいるのを見て、法師が言われた人生最大の苦は病であることを体得したことが記憶に刻まれていた。彼は医療という職務を担ったからには、病人の身になって良医になろうと志を立てた。
 
本期主題報道を読んでほしい。もともと科学技術の仕事に就いていた陳璽文は、高い給料を放棄して、簡素なコーヒーショップを開き、社会貢献に転身した。児童保護施設の設立、農場の保護、生態バランスに配慮した原住民集落の地域建設計画を立てた。二十五歳の時には、英字誌「アジア週刊」に慈青の代表として記事が掲載されたこともある。また、アジア青年代表の顔秀旻と共に教育事業に従事していた陳岳男は、中年になってからも依然として各学校内で慈青の指導をしている。
 
慈青から慈済ボランティアに加わった隊伍の列は果てしなく、その多くが認証を受けている。さらに慈済志業体の中でも苦労を厭わず奉仕している彼らは、国内外の青年ボランティアと共に、国際社会で善の斬新な力量を形成している。祝福すべき慈青たちに、法師は、得難い人生の中で世の開拓者となり、踏み出した一歩で人生の正しい方向を見出し、人としての価値を高めるために鍛え励んでいると褒められた。  (慈済月刊六一九期より)
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