慈濟傳播人文志業基金會
「忍」という刀
マイナス要素の感情を持たず、
感謝の気持ちだけで接すれば、
自ずと人と和することができる。
 

元々何事も起きていない

 
五十人のフィリピン慈済ボランティアが慈済五十二周年記念行事に合わせて台湾に帰ってきた時、上人は座談会で、縁を大切にし、社会が平和になる力を発揮するよう励ました。社会を変える力を発揮するには、まず人と調和する必要がある。
 
上人はとくに、人と「合」うようにならなければならないが、それは「忍」すなわち、我慢することではないことを強調した。「忍」が必要になるのは、人に対しての先入観などのマイナス要素の感情が残っているからである。もし、過去の不愉快な出来事を忘れて、広い心で以て人や事に接することができれば、「我慢する」必要はなく、自ずと人と調和することができる。
 
「『忍』というのは心に突き刺さる刀のようなもので、とても苦痛で、どうにもならないものです。仏法を聞いて心で理解することができれば、『心になければ生じることはない』と言われるように、元々何事もなければ、恨みや憎しみを持つ心は生じません」
 
慈済人は心を一つにして同じ志を持って共に菩薩道を切り開いているため、互いに感謝以外の感情は生まれない、と上人は言う。「世の大衆を利する善行は大勢で努力して成し遂げる必要があるのです。善行する人が多ければ多いほど、社会は平和になり、幸福で平穏なものとなります」
 

真心で接する

 
インドネシア慈済支部の二十五周年記念行事に関する計画を聞いて、上人は、「初心を忘れず、初期に努力した人間菩薩たちと、現在同じ道を歩む同門の修行者たちに感謝すべきです。もし、これほど多くの人が心を一つにして投入していなければ、志業を成就する力もなかったでしょう」と開示した。
 
「二十五年前、インドネシアで慈済志業を始めた数人の委員が当時の現地社会の環境の中で、苦労して慈済志業の道を切り開いてくれたことを忘れてはいけません」。以前、インドネシアは貧富の差が大きく、民衆の不満が暴動に発展した。しかし、数人の在家信者や志ある女性が黙々と志業を展開し、一九九八年から企業家が参加して自ら貧困対策をするようになってから、志業は順調に発展した。
 
「当時、数人の企業家たちにいつも、事業が発展したのは自分一人の力ではなく、従業員のおかげで会社が運営できていることに感謝しなければいけない、と言いました。そして、経営者として感謝の気持ちを行動に表すべきだと話しました。真心で彼らを支援すれば、彼らも心から感謝し、頑張って仕事をしてくれるのです」
 
近年、インドネシア経済は急速に発展し、国民は不満を持たなくなった。国家が裕福になったのは幸福なことである、と上人は言う。「それでも常日頃、警戒心を持ち、生活が安定したからと言って怠惰になってはいけません。自分の幸福を知って感謝し、人々が向上心を持ち、善に向かうよう導き、世界を覆う菩薩ネットワークを作ることができれば、苦難に喘ぐ衆生を助けることができるのです」
 
あるインドネシアの師兄が失業者に就業の機会を与えるために五百台の「大愛ラーメン屋台」を支援すると言ったことに対して、上人は五百もの家庭生活が改善されるのは素晴しいと賞賛した。「大企業家はもっと多く発心し、貧しい人の自力更生を手伝うことで社会の安定を促進すれば、彼らの事業も平穏な社会で発展するでしょう」
 
インドネシアの四大志業は強固な基盤ができているが、上人は二億人以上の人口と広大な国土がある国で、どんなに遠い所でも愛と善の種子を蒔き、誠意のある心で奉仕する機会を逃してはいけない、と念を押した。そして、引き続き「竹筒会員」、すなわち、善行して人助けする心を習慣づける運動を推し進めるよう開示した。
 
「ある台湾の慈済会員が一時、他人と争って理性のないことをして報復しようとしたが、『自分は定期的に寄付する慈済会員であり、見知らぬ人を支援している。それなのにどうして顔見知りの人に怨恨を持つのだろう?』と思い返し、持っていた悪念が消えた、という話を聞きました。もし、誰もがこういう風に人を恨むことがなければ、社会は平和になるでしょう」
また、上人は、経験豊富な者はもっと精進して新参者を導くよう諭した。「人心の浄化は縁があって初めて悟ってもらうことができるのですが、それは身の周りの人から始めるべきです。仏法を用いて衆生を感化すると言っても、信仰の違いには関係ありません。慈済の宗教観は人生の主旨や生活教育であり、誠意のある態度で大衆を正しい道に導き、教育することです」。
 
 

大道を切り開く

 
慈済五十二周年記念行事を明日に控えて、国内外の慈済人がひっきりなしに、常住師匠たちの引率の下に敬虔に五体投地しながら本山に向う「朝山」活動をしていた。
 
皆が各自の席に戻って〈帰依文〉を朗唱した後、上人は大殿と中庭、慈悲広場の大衆に向って開示した。「皆さんが今一度精進したこと、そして、私自身、いつものように皆さんの前でお話できることを嬉しく思います。常に感謝の気持ちを持ち、その時々の縁を大切にして福と慧を成長させなければいけません」
 
「慈済はまもなく満五十二年になります。世界のこれほど多くの場所に善の種子を蒔き、苦難に喘ぐ人々を支援し、苦しみを取り除くことができたのも、台湾の慈済人がその基礎を打ち立てていたからです。そうでなければ、世界に踏み出すことはできなかったでしょう」。また、五十数年前、数人の家庭主婦の慈済委員が人手も物資も極度に欠乏した状況下で、一歩一歩着実に慈善活動を行ったことで、次第に多くの人が参加するようになった。そして、彼女たちは自らの家族を感動させたことで慈済精神が家庭に根づき、家庭の和から社会に善と愛を大切にする心を広めた、と上人が言った。
 
「道を切り開いてくれた先人に感謝すると共に、その後に続いて平坦な道にしてくれた人にも感謝しなければなりません。前進し続けながら道を切り開き、後に続く人が道をならすことができるよう、善と愛の精神を集結し、その力で以て心の大地を勤勉に耕し、世に普く善の種子を蒔かなければなりません」
 
「説いていることを行動に移し、実践していることを人々に話すのです。仏法を聞いて心から理解すると同時にそれを信じて菩薩道に励み、人々を感動させることが、身で以て説法し、仏法を伝えていくことなのです。皆さんが聞いたことを実行に移していることに感謝します。先程の朝山の敬虔な心を持続して精進してください」
(慈済月刊六二〇期より)
NO.261