慈濟傳播人文志業基金會
根拠に基づく医療で  東洋の人文をいかす
模擬医学センター主任曽国藩
 
 献体という篤志行為への登録が増えたことは、手術手技の教育と研究を躍進させるきっかけとなった。それは慈済医大の教育資源が臨床医学に及んだことを表し、学校の発展に大きく貢献することを意味する。
 「ご献体にはまだ遺族との間に固い絆が残っており、少しの落ち度があっても、遺族にとって大変失礼なことになります」。模擬医学センターのメンバー全員が謹んで対応しているだけではなく、曽国藩が細かいところまで完璧を求める。
 
十六年前から手術手技研修の授業を担当してきた曽国藩は、保守的であった台湾医学界の解剖教育を大きく変えたといえる。
 
かつては解剖実習の授業が自分の専門に関係する部位に進行したら声をかけてほしいと彼に頼んでいた開業医もいたそうだ。解剖学は医学生にとって基礎医学教養の一環であるだけでなく、現役の医者にとっても臨床の知識を得るために重要なのだ。
 
證厳法師の医学教育に対する期待と熱い招致を断るのに忍びず、曽国藩は長年教鞭を取ってきた台湾大学での教授の地位を捨て、慈済医科大学に来た。彼は「解剖学」の権威であり、遺体保存の専門家でもあった。しかし、慈済医大は毎年わずか五十人しか合格者を出していないので、ご献体の使用量や保存スペースに限界がある。彼は、早くも献体登録の要望を断りきれないという二つ目の問題に直面した。
 
どんな難題にも必ず解決法があるといわれる。海外では医師の臨床実験のために遺体を冷凍保存することを知っていたが、どこで冷凍保存の方法を学べばいいのか分からなかった。
 
●曽国藩は手術台が水平になるように念入りに調整する。解剖学科兼模擬医学センター主任として、無言の良師の授業が予定通りに行なわれ、かつ献体された方の遺族に失礼のないように、完璧を求める。
*無言の良師:解剖と手術手技研修のために献体された方の尊称。
 

定温で守護し、まるで熟睡しているように

 
野菜を冷蔵庫に長く置けば水分が蒸発し枯れてしまう。豆腐を冷凍してから解凍すると、豆腐がスポンジ状になり、穴だらけになる。遺体をどのように冷凍保存すれば、常温に戻しても、柔軟性と弾力性を保てるのだろうか。
 
人間の体は七割が水分で占められているので、遺体を冷凍庫に入れる時、冷凍速度が遅いと解凍後の人体組織がスポンジ状になり、組織が押されると水分が外に浸透し弾力性を失ってしまう、と曽国藩は物理現象に基づいて説明した。
 
「唯一の方法は急速冷凍です。冷凍速度を早めると、体の水分は自然に一つずつ細かい氷晶(氷の結晶)になります。その細かさは顕微鏡でなければ見られません。氷晶は小さいので、解凍後でも、人体組織の状態があまり変わらず、生の組織に近い状態に戻すことができます」。この推論に基づき、曽国藩はご遺体を「摂氏マイナス三十度以下」で急速冷凍することに決めた。そして、ご遺体が死後八時間内に解剖学科に到着し、処理ができるようにした。
 
急速冷凍後、ただ冷凍庫内で恒温保存すればいいわけではない。万一停電やその他の故障が起きると、温度変化を招く。
 
「ご遺体にはそれぞれの遺族との絆がまだ存在しているのですから、少しの手違いでも、多くの方に失礼をすることになります」。それがないように、曽国藩は全てのご献体に温度センサーを埋め込み、冷凍庫の温度管理を強化した。温度コントロールに少しの異常が発生すれば、休日でもすぐ警備員室に緊急連絡が行くように設定されており、二人の担当者の携帯電話にも警報が送られるようになっている。
 
手術手技の研修ではよく内視鏡を使う。傷口が小さくてすむからだ。一部の術式では腹部と内蔵を分離するために空気を入れてから手術を行う。ご遺体の皮膚組織の弾力性が良くないと腹腔から空気が漏れるが、曹国藩のチームが用意したご遺体は空気漏れが一度もない。また、水分が多く含まれている眼球は、冷凍により膨張し水晶体が外れるので、しかるべき処理をしてから眼科医にご遺体の上で手術の練習をしてもらう。
 
「我々は他の場所でご遺体を解剖することもあります。時によって生体と著しい違いがあるものに気がつくこともあります」と台湾大学外科の謝孟祥医師がコメントした。輸入された冷凍のご遺体は一日しか使えない。以前は頭部が長距離運送により頭部片面が下向きに圧迫されていたこともあった。
 
「慈済医大のご献体はよく保存されています」。彼は慈済医大は献体の保存に関して高い技術を持っていると認めている。
 
●曽国藩は医学生にご献体の保存室を紹介している。保存室は遺族以外に一般参観者にも公開されている。慈済医大の取り組みは透明なので、人々はその過程を理解することができる。
 

透明度を尊重し、共同で見守る

 
一部の国では臓器の売買のマーケットが存在し、生体の臓器から死体の骨格、毛髪まですべてに値段がつけられ売られている。今の時代にもアメリカの一部の医学部においては、遺体の保存方法は解剖する側の利便を中心に考え、頭部から吊るされている。こうすれば、頸部の関節が開き、解剖しやすくなるのだそうだ。床の掃除も楽になる。しかしこのような姿を外部には公開できない。
 
慈済では人間本位の考え方に基づき、無言の良師を横たわらせている。解剖教育における遺体の腐敗を避けるため、防腐液に漬けるのではなく、血管注射を通して防腐液を注入する。その後急速冷凍で保存されたご遺体は、室温に戻るとまるで安らかに寝ているように見えるのだ。
 
研修講義は年八回行われている。起用式典の前、まるで手術前に担当医が家族に手術内容を説明するように、曽国藩はセンターを代表して遺族に講義の内容を説明する。
 
無言の良師の体には何回もメスが入れられ、破壊を受けなくてはならない。「これは三年生の解剖学の授業に比べて、メスの入れ方が一層徹底しています」と彼はその必要性を正直に遺族に明かした。「献体の提供があることで、医者や医学生は技術を磨くことができます。後日患者の体を練習台にしなくて済み、傷害を最低限に抑えることができるということです」
 
「慈済の取り組みは遺族に監督になって頂き、遺族と交流し、高い透明性を保っています」。曽国藩は、慈済は献体を受けてから起用するまでの過程を誰でも理解できるように努めていると話す。
 
「なぜ献体できるのか」。医者や医学生は、家族訪問を通じて無言の良師の回顧録を書く時、よく家族の発言からその答えを見つけることがあるという。
 
「回顧を通じて無言の良師が歩んだ一生を知ることは、一種の生命教育でもあります」。これは解剖学の講義において前例のないことだと曽国藩は言う。家族との交流を通して、医者達は敬意と期待と感謝の意を表することができた。
 
●無言の良師の起用式典は、明るくて清潔な手術手技研修室の中で行う。遺族が献体された方の死に顔を仰せる。精思静舍の法師、医者と医学生、慈済のボランティアがその犠牲の精神を讃え、感謝する。
●医者と医学生は敬虔な気持ちで無言の良師を棺に入れる。これは遺族にとっても稀な経験である。このような人文的体験は手術者の記憶に残り、感情の交流を呼び起こす。医療の学習は冷たいものでなくなった。

まるで本当の手術のように、真の体験が心に刻まれる

 
初期の慈済医科大学解剖学科には、二人の献体処理係と一人の人文式典担当者しかいなかった。模擬手術講座の開講に応じて、特別に慈済病院の手術室からベテラン看護師の林姿伶と欧庭芳を招き入れた。彼女達は手術道具や作業の流れを熟知しているので、異なる学科のそれぞれの手術を考慮した上に、手術の流れがスムーズになるように、最適な科別順位で授業計画を立てた。
 
「無言の良師は患者さんその人です。手術室内では患者の置く位置に気をつけなければいけません。時間が長引けば、手足と体が圧迫されて傷つかないように、シーツで包んだり、カバーしたりしなければなりません。体の側面を手術する場合は、無言の良師が落ちないように、しっかり固定しないといけません。彼らが痛みや抗議を訴えないからと言って、注意を怠ってはいけません」と林姿伶は、手術室での経験がない医学生に対し、母親のように注意を呼びかけている。
 
ベテランの外科医により手術台に出された組織は、その後ご献体を縫合するときに全て元に戻され、完全な体にすることを心がけている。必要に応じて手術者を助けると同時に、手術者が正確かつ敬虔な態度を保つよう、常に注意を喚起している。
 
このセンターにはグラフィックデザインと映像編集、そして解剖学の専任助手を含めて、八名のスタッフがおり、それぞれの役割を果たしている。手術手技研修の期間中は宿泊、食事、そして交通の便宜など遺族のニーズに応える。さらに、手術講義のための録画、アルバム作成、霊柩車の装飾、告別式の録画とその映像編集など複数の職務を兼任している。講習中は清掃業者による手術室の掃除ができないので、スタッフは交代で受講生が休みを取っている間を利用して掃除も行っている。
 
「お互いの職務をカバーしあわなければ、このような任務を果たせる強力なチームになれません」「無言の良師がそこに横たわっている、そのこと自体が『奉仕』です。無言の良師の願いが叶うように、センターのスタッフも精一杯努力します。このように互いの気持ちを引き出し、力を合わせて何かを成し遂げると、大変ポジティブになれます」
 
●家族の一員が献体した場合、家では喪に服しないので、一部の家族は何も起きていないと錯覚する。その後のお別れのための壮大な告別式を初めて経験する。
 
二〇〇二年五月に行われた最初の研修のことは、今でも忘れられないという。本来、無言の良師は四人の予定だったが、急遽献体される方が一人増えた。
 
四十一歳の女性は慈済のボランティアだった。事故後、慈済大学に搬送された時は、すでに模擬手術の一日目の講義が始まっていた。曽国藩は女性の夫と子供に会った。
 
「息子は中学生と高校生でしたが、彼らの表情は落ち着いて見えました。むしろ、私の方が気持ちが乱れてしまいました。彼らは慈済を信用して、一週間や一カ月間の冷凍をするために、女性を慈済に搬送しました。短い間ですが、家族にとって気持ちを落ち着かせるための一時なのです。この女性はまだ慈済大学にいらっしゃいますが、その時がきて、遺族が大切な家族を我々に手渡して家に戻ったら、大きな喪失感を経験することでしょう。ご献体は研修のために我々に手渡され、手術台の上に寝かされています。遺族はむしろ部外者になったといえるのですから」曽国藩は遺族から哀しむ時間を奪ったことを自覚している。
 
「なぜ遺族はご遺体を手放すことに同意するのでしょうか? それは献体しようとする本人の意思が他の雑念を圧倒したからです」。曽国藩は、あの女性の子供たちの落ちついた顔から、自分が担う荷の重さを強く感じ取ったのだと語った。
 
●慈済医科大学の大愛ビルの前で撮った模擬医学センター・スタッフの集合写真。曽国藩(右から4人目)が率いるこのチームは少数気鋭だ。無言の良師の貢献的な精神を見習い、スタッフ全員それぞれの職務を果たしながら互いに助け合い、力を尽くしている。
 

疲れ果てた心、初心に帰り温まる

 
「ご遺体を最高の状態で保存できるならば、手術の技術は大いに発展し、台湾だけでもニーズは大きいのです」。曽国藩の予想通り、模擬医学センターはトレーニングレベルを向上させ、対象を医学生から慈済病院の現役の医者へ、そして国内外の各科の専門学会にまで広げた。アジアパシフィック医学会の年度学会では、ヨーロッパや日本の精鋭が講師を担当し、研究を交流するようになった。
 
「我々は慈済が持っている特殊な資源を医学会と共有し、提携や協力の関係を結びました」。曽国藩によると、参加する医者の多くは、自国でこうしたトレーニングを受ける機会やトレーニングの費用を負担できるとは限らない。医学会の医者は専門技術を習得するために来ているが、慈済医科大学が提供しているのは、彼らが養成過程に経験した解剖とは全く違うものだ。
 
「医者として命の意味と価値は分かっていても、長く現役の医者を続けていると、その意識が薄くなりがちです。このように命は尊重されるべきだという体験をすれば、自ずと心境が変わります」と曽国藩は言う。
 
イギリスの医者でヨーロッパ泌尿器科学会の事務長であるクリストファー・R・チャップルが二〇一六年八月、泌尿器科学会の招待を受け、模擬医学センターで講師を勤めた時、無言の良師の貢献に共感し、講師の報酬を模擬医学センターに寄付した。ブラジルの医者ディデロト・ログリガス・パレイラは、寄付しただけではなく、後日、慈済が同国で行う無料診療に自発的に参加する意思を表明した。
 
「模擬医学センターは慈済の『究極の利他』の道場です。慈済ボランティアは生きている間に他人に奉仕し、往生後は献体をします。今年六月までの統計によると八割の献体者は慈済ボランティアです」。曽国藩は模擬医学センターが単なる教育施設だけではなく、この世において仏法を究極に実践する場所であり、慈済の特色でもあると話す。
 
「教育訓練のほか、遺族に対し真心と尊重の意を表しました。長年にわたり多くの学びがセンターの中で固く伝えられています」。メスを入れるだけの西洋医学から東洋の医療人文に転じるにあたっては、相当な力を費やさねばならない。
 
●医学生と遺族が一緒に無言の良師の遺骨をガラスの壺に入れる。命の最後に残ったものは薄くて軽いが、この世への置き土産は貴いものだ。
●無言の良師の遺骨が入っているガラスの壺を棚に上げてから、ボランティアは感謝する。
 
「医大生は恵まれた子供で、医者は忙しくて無駄なことをしない人達です。ただ、遺族の小さな願いを聞くと、いくら忙しくてもそれに動かされます。これは遺族に対する尊重とは違う一層上の意味を表しています」。技術の問題は簡単に克服できるが、人文的な学びを得ることは簡単ではなく、まして強要することはできない。
 
年一回だけではなく、献体の起用、告別に当たっては毎回初心に戻る。シンガポールの医学生である林宛嬑が曽国藩の人文式典についての説明をしてから、ある医者の話を思い出した。この医者は毎日百人以上の患者を診ている。「医者も疲れる時があるので、全員を細かく診察できるとは限りません」。研修の授業を経て、彼女は「私は患者を家族と見なし、例え百人がいても、唯一の患者として診ます」と心に感じたことを言った。曽国藩はこのような答えに大変満足していた。
 
英オックスフォード大学社会学科のピーター・クラークス教授が慈済医科大学を二度訪れた際、曽国藩がアテンドした。「医学は西洋から東洋へ伝ったことは実証されているが、今は人文を含めた医学教育が東洋から西洋に伝わろうとしています」。慈済の取り組みを目にしたピーター・クラークスは、感動を隠せない様子でそう語ってくれた。
 
●無言の良師の告別式で静思精舎の法師が皆をリードして祝福をする。献体活動の普及、一連のセレモニーの準備に当たって、慈済の法師達は最大の後ろ盾になった。
(慈済月刊六二二期より)
NO.263