慈濟傳播人文志業基金會
零下三十度の愛。
慈済大学模擬医学センター
 
 慈済大学は、台湾ではかつて身元不明の遺体を教育に使用していた時代から、自ら死後献体する時代に進歩させたと共に、模擬医学センターを創設する機会を得た。
 
 摂氏マイナス三十度で保存された「無言の良師」は臨床手術教育に使用されている。基礎的な救命処置から最新技術による手術まで、技術と人文教養を育むこの訓練センターはその資源を国内外の医学界と共有し、最も冷たく、最もホットな場所となっている。
 
医学を学ぶ者は、横で見て知識を得るだけでなく、人体の構造を知るために頭蓋骨や胸部を切り開いたり、内臓を取り出したり、筋肉や神経、血管の構造を理解する必要がある。人類の幸福を追求し、医学を進歩させるために、ネズミや兎、豚、犬などで実験を行うが、人体解剖は必須である。
 
慈済大学解剖学科の曾国藩教授は、講演でいつも西洋解剖学の歴史を紹介している。十六世紀のヨーロッパで、人類の謎を解くために初めて使われた「遺体」は、絞首刑に処せられた罪人や、新しい墓から盗掘された者、または家賃が払えなくなって窒息死させれ、その遺体を売られた間借り人であった。このように、解剖学の歴史はむごたらしく、悪名高く、人々を怯えさせるものであった。
 
昔、台湾で解剖教育に使っていたのは死刑囚や身元不明の行き倒れのホームレスなどの遺体だったが、慈済が医学院を創設してから献体の風潮が広まった。中でもとくに慈済人が勇敢に献体するようになった。
 
●医師たちは模擬手術が終わると必ず、手術台の上の無言の良師に手を合わせて感謝する。「無言の良師」とは慈済が献体者を呼ぶ時の敬称であり、彼らが黙ってされるがままにメスを入れられ、医療教育に無私の奉仕をすることで、医学生を教え導いていることに対する感謝の言葉である。
 
生前、慈済を強く支援していた船会社のオーナー、李宗吉は、母親孝行で知られる。人生で初めて購入した船に母親の名前をつけ、母親が亡くなった後は山の上にお墓を作って供養した。二○○二年、李宗吉の子供たちは父親の遺体を慈済大学に寄付し、その翌年、模擬手術教材に使用された。火葬された後は、彼が大好きだった海に遺灰が撒かれた。
 
「企業家が生前、十億元寄付し、死後、献体した」。当時、新聞に大きく出た見出しである。しかし、李宗吉が一般と異なった方法で自分を事後処理したことを誇示したわけではない。
 
「上人は彼の慧命の母であり、理念に賛同したゆえに献体したのです。それも彼の上人に対する愛と孝行なのです」と静思精舎の徳禅師匠が李宗吉の献体について説明した。
 
献体は「五体満足な遺体」や「土に入って初めて安らかになる」という伝統的な観念を覆した。また、一般の仏教徒は、人は往生しても魂がこの世から離れていないため、最低八時間は動かしてはならず、絶えず念仏を唱えて助念した方がいいという観念を持っている。しかし、上人の呼びかけによって、多くの人が死後、無用となった体を医学のために提供したいと思うようになった。それが「無言の良師」である。
 
献体が増えるにつれ、慈済大学は中南部の教育用の遺体が不足している大学と寄贈で協力している。二○○八年になって模擬医学センターが完成してからは、献体志願者は防腐薬による保存法のほかに、模擬手術教科用の選択肢ができた。
 
解剖学科が開発した冷凍保存法は防腐処理する必要がなく、冷凍保存された無言の良師は解凍された後、あたかも麻酔のかかった患者が手術台に乗っているかのように、医学生や医師に様々な手術の訓練を提供している。
 
●家族が肉親に別れを告げる。悲喜こもごもの無言の良師の起用式典。悲しみにくれる家族にとっては、あきらめきれない瞬間だが、手を離して初めて献体者の願いが達成されるのである。
 
慈済の「無言の良師」の話が海外に伝わり、二○一二年、マレーシア大学は内視鏡センターを創設し、医療技術と人文など全て慈済大学模擬医学センターを見習って作られ、そこから献体の風潮を導き出した。その学校が立ち上げた「無言の良師プロジェクト」に献体する人の大半は中華系の人だが、政府が遺体を配分していた従来の方法を変えた。
 
一般の病院では患者が亡くなる時、医師は遺体を家族に引き渡すが、慈済大学では医師が最後まで患者に付き添い、家族と対話できるようになっている。
 
献体は事後処理の選択肢の一つであるばかりでなく、そこからの過程を祝福するものだ。「君たちが私の体を使ってよく勉強し、良医となることを願っています」。しかし、家族は医療人員を必ずしも信頼しているわけではない。「家内が生きていた頃、話を最後まで聞かずに医者は薬の処方箋を出していました」とある人が言ったことがある。家族としてはもっと多くの医者が患者の気持ちを尊重することに期待している。
 
模擬医学センターは、二〇〇二年に第一回目の医学生による模擬手術を行ってから今日で十七年目になる。模擬手術に携わった者は、慈済大学関係者から国内外の医学界にまで広がり、遺体という特殊な資源の共有は、専門技術の向上に寄与する以外に、人文方面の体験をしてもらうことができる。医師が初心に帰り、医療と人文が並行して進歩することを願っている。
(慈済月刊六二二期より)
NO.263