慈濟傳播人文志業基金會
台鉄プユマ号脱線事故における 慈済の慰問活動
●プユマ号脱線事故現場。8輌編成の特急列車が脱線してw字型になり、4輌が横転した。今回の事故は台鉄40年来、最も死傷者の多い事故となり、救出作業は夜を徹して行われた。(攝影・賴振豐)
 
事故発生後、慈済ボランティアは直ちに事故現場の「新馬駅」の外に支援センターを設置した。二時間の内に二十五人のボランティアが新馬駅、そして三十人余りが羅東聖母病院や羅東博愛病院などの病院に駆けつけ、負傷者を慰問すると共に家族への連絡を手伝った。犠牲者の遺体は蘇澳栄民総合病院に送られ、焦燥に駆られた家族が到着する前から、ボランティアは隊列を組んで助念(注1)を始めた。
 
 
●事故車両を離れた乗客には新たな時間が始まった。救助された負傷者は救急車で病院に向かい、ボランティアが合掌して祝福した。(攝影・賴振豐)
 
ボランティアと地域住民は慈済羅東連絡事務所と蘇澳リサイクルセンターで災害支援物資の準備を行った。政府と消防署、軍隊は二百人余りの救助人員を派遣し、夜を徹して救出作業を行い、鉄道局も二百人余りを投入して鉄道の修復作業に当たった。ボランティアは迅速にお茶や生姜湯、ビーフンスープ、お粥、日用品パック、毛布などを準備し、救助人員の後方人員として夜を徹して事故現場に残った。深夜、ボランティアは作業員が冷たい地面に座らなくてもよいように、休息用の折り畳み式ベッドを提供した。
 
慈済ボランティアは平時から調理班と被災状況を調査する慰問班があって地域毎に活動を行なっているため、重大な災害が起きた時は迅速に連絡を取りあって、動員することができる。
 
●100人余りの負傷者が5つの病院に搬送された。蘇澳栄民総病院は40人余りを引き受け、慈済ボランティアが負傷者とその家族を慰問した。(攝影・周滿)
 
今回の事故では負傷者が二百人を超えたため、宜蘭、羅東、蘇澳のボランティアが真っ先に慰問に向かったほか、十月二十二日には花蓮、基隆、台北などからのボランティアが引き継いだ。慈済人医会のボランティアも新馬駅現場で必要に応じて、医療に関する情報提供を行うと共に、救助人員の健康管理を第一段階の救助活動が終了するまで続けた。
 
●救助活動現場から少し離れて、慈済ボランティアは救助人員の体力回復のために水や温かい食事を補給すると共に、敬虔に死傷者のために祈った。(攝影・廖月鳳)
 
慈済人文真善美チームで記録担当をして十七年になる廖月鳳師姐は「今回、人の命は呼吸の狭間にあることをつくづく感じました」と言った。夜半、彼女は羅東事務所に戻り、煌々と付いた灯りの下で、追加の毛布を整え、出荷した。心が事故現場にあって、負傷者や一瞬にして死別した犠牲者の家族が気掛かりで眠れなかったのは彼女一人ではないだろう。
 
(注1)助念‥死後直ぐに親族と共に念仏を唱える行為。通夜に近い行い。
 
 
台鉄プユマ号脱線転覆事故                     
(統計数字‥2018年10月22日現在)
 
事故発生‥樹林発台東行き8輌編成の特急6432号が10月21日16時50分、宜蘭県蘇澳鎮新馬駅で全車輌が脱線し、そのうちの4輌が横転する事故を起こした。乗客366人のうち233人が死傷した。
 
死者‥18人
 
負傷者‥215人。宜蘭、花蓮、台北など数多くの病院で手当を受けている。その中の10人は重傷。
 
慈済の慰問活動
物資の配付‥救助現場と各病院に985人分の炊き出しと温かい飲料、ビスケット、パン、ミネラルウォーターの他、毛布40枚と多機能折り畳み式ベッド38床を提供。
 
病院と葬儀場への慰問‥47人
 
●臨時医療相談所での奉仕‥34
 
ボランティア動員数‥延べ650人
(慈済月刊六二四期より)
NO.263