慈濟傳播人文志業基金會
無我、無争は輝かしい人性の出会い
證厳法師は、人がこの世に存在している時は天下に奉仕し、命の終わりにはその身を生命の奥秘を探る医学に提供することで、無用になったその身を大いに役立たせることができる、と常におっしゃっていた。
 
私たちが献体の話に及んだ時、法師は「こんなに多くの弟子たちが実行しているのですから、私にもできることなのです」と言われた。
 
慈済は一九九五年から社会に献体を呼びかけ、今では八百五十八人の人が献体として登録している。その中で、三百人以上が解剖教学、五百人が模擬手術教学への提供を希望しており、最年長者は百一歳、最年少者は十四歳になっている。
 
献体は中国人の「遺体は完全な形で保たれるべき」との伝統観念を打破し、また、死に対する様々な禁忌を超越し、さらに意義深い生命礼儀を作り出している。慈済大学模擬医学センターが成立した因縁と発展において、献贈者及び家族の「捨」によって代々の良医が育まれて、また模擬手術教育が国内外の多くの医学界においても不可欠の学習交流の機会になっていることを本号の主題報道は詳細に記載している。
 
西洋医学史を回顧すると、解剖学は十八世紀末になって新しく興った医学の道だといえる。しかし、献体を得るのは非常に困難なことであった。犯罪者や身元不明の遺体、果ては墓荒しや殺人によってまで、遺体を確保しなければならなかったが、その数には限りがある。医学界でも様々な死体売買のケースが発生していた。今日このような事件は聞かれないが、依然として解剖学や手術教学訓練の遺体は欠乏している。
 
台北慈済病院の張耀仁副院長は、かつて二○○三年に台湾でSARS病原菌が大流行していた折、最前線の医師が患者にチューブを差し込む時、訓練不足のために失敗して自分も感染し、亡くなったと書いている。以前のチューブを挿入する訓練は模型によって練習するので、実際の手術とは大分差がある。医療を施す危険性と未熟な医師の焦慮がよく分かる。
 
献体は、医学生基礎医学の解剖課程から始まり、その後、模擬手術に発展して実習、主治医師の高難度の臨床操作訓練及び実習による各種の臨床技巧、また新しい手術方法の研究開発のため行われる模擬手術には海外の医師も参加している。歴史あるマレーシア大学では、二〇一一年に慈済大学の模擬医学センターと合作している。マレーシアは東南アジア地区で積極的に遺体献贈を推進している国なのだ。
 
二十三年来、献体者は医師と医学生の間で「無言の良師」と感謝されている。大愛を以て奉仕するという気持ちは、医学の殿堂に滋養を与え光を放つこととなった。また医師は感動を以てさらに使命感を自覚して身をかがめ、病に苦しむ人々を解放している。この無我無争の人性の輝かしい出会いこそが衆生の福であると思う。
(慈済月刊六二二期より)
NO.263