慈濟傳播人文志業基金會
無理強いは真の愛ではない

問:私は慈済ボランティアで、子供たちを慈済活動に参加させたいと思っていますが、子供たちは興味がないのです。何か良い方法はないでしょうか。

答:

慈済は善行と慈悲喜捨を実践している団体です。そして、慈済のボランティアは、自分の子供たちも一緒に慈済の中で正しい習慣を学ばせ、悪い癖をなくさせるようとするため、いろいろと工夫して慈済の活動に参加するよう励ましているのです。

しかし、方法を間違えたり、タイミングを逃すと、子供たちは興味をなくして逃げ出し、親を困らせるようになるのです。
 
私の知る多くの慈済人の家庭でも同じような問題を抱えています。子供は小さいときから親子クラスの中で成長してきましたが、中学生になるともう慈済少年クラスには参加しなくなります。中学と高校は勉強が大変だから大学になれば参加するだろうと思っていても、大学になっても慈済青年クラブにさえ参加しません。
 
その原因を考えてみました。一、親との価値観の違い。慈済に対する認識の違い。二、親が毎日慈済のことで忙しく子供の世話をする時間もないため、「慈済は非常に忙しい」というイメージが刻み込まれてしまった。三、導くタイミングと方法が間違っている。四、親が干渉しすぎたので反抗を招いた。
 
 
どうすれば問題を解決できるか?
 
一、證厳法師が慈済人に対して望んでいるのは、「家事や事業、志業」の順に行って、子供の世話をよくして、子供に「慈済が親を奪った」という印象を与えないことなのです。
 
二、父母は身を以て模範を示し、慈済の人文教育は自分に対してだけでなく、家の人に対しても慈済の人文を薫陶するのです。「子供に言うこととやることが違う」と感じさせないことが大事です。そうでなければ立派な慈済人にはなれません。
 
三、親は子供にとって何が必要なのかを深く考えなければなりません。自分が慈済で得た事や喜びは子供と分かち合いましょう。ただ子供に無理強いはしないことです。
 
四、忍耐を持って臨むことです。自分が慈済の活動に参加したのは何歳のときのことか思い出しましたか。四十歳、五十歳、それとももっと年を取っていたでしょうか。法師は私たちを辛抱強く待って下さったのに、私たちはなぜ、子供を待てないのでしょうか? 一つの善の種を子供の心田に植えると、その発芽と成長には時間がかかります。日光も、空気も必要ですし、水をやってはじめて成長します。両親がその日光、空気となり、水をやれば子供は自然に吸収します。
 
 
長男は大学に入った後、慈済青年クラブを一年半観察してから自発的に入り、後は熱心に参加するようになりました。当時、私は彼に「慈済は本当の人助けをしている団体であり、人生をかける価値があるから良く観察しなさい」と言いました。 
 
そしてその間、慈済青年クラブへ行ったのかどうか、慈済にどのような印象を持ったか一切尋ねませんでした。私は黙々と證厳法師について努力し、悪い習慣を取り除いて、夫の両親に孝行を尽くし、自分の言葉と行動に注意していました。
 
四年後、次男が大学に入った時もただ一言、心血を注いでまで慈済に入る価値があるかどうかよく観察しなさい、と言って干渉しませんでした。しばらくして、慈済青年クラブの先輩と一緒に補習教師をしていると私に言いました。次男も慈済の理念を認めたことが分かりました。彼は既に慈済の理念を共有していたので私と主人は自然に後押しして褒めてあげると同時に、喜びました。
 
私たちに子供がどんな人になってほしいという希望があるなら、自分からまずそのような人間になることです。子供に向かわせたい方向を見極め、自分が先にその愛の模範となることが子供を慈済へ導くただ一つの方法なのです。
(慈済月刊六一九期より)
NO.265