慈濟傳播人文志業基金會
家族のためなら厭わない
人助けする過程で
 
経験豊富なボランティアは貧困や病気の家庭を訪ね、長期に渡って付き添い、思いやり、生命で以って生命を支えている。
 
訪問ケアボランティア 蔡琬雯
1953年生まれ。1992年に慈済委員の認証を受ける。
訪問ケアの経歴:26年
訪問ケアの秘訣: 
家族を労わるように、年輩者には子供のように、同輩には兄弟のように、後輩には母親のように接して、相手のニーズを思いやれば、ケアは長く続くでしょう。
 
●八二三水害の後、蔡琬雯は熟知した布袋郷で、古い三合院の住宅を訪ねた。
 

Q&A

質問:普段メディア報道でよく支援を必要とする弱者家庭が紹介されますが、なぜ報道されるまで発見されないのでしょうか。
 
答え:二十数年前、嘉義で最初の慈済ボランティア王寿栄さんは私を連れて家庭訪問をしました。最初は、何処へ行っても「こんな所に必要としている人がいるのだろうか?」と心の中に疑問を抱いていました。
 
なぜ助けを必要としている家庭を発見できなかったのでしょうか。大きな原因としては、これら弱者家族が助けを求める方法を知らなかったことと、近所で彼らのことを通報する人もいなかったことにあります。彼らは暗がりの中で歯を食いしばって苦痛に耐えるしかなかったのです。発見されなかったことは存在していないことではなく、疎かにされがちな暗がりにいたからでした。そこに踏み込んで初めて、救いの手を差し伸べることが出来たのです。
 
●蔡琬雯は成人型早老症に罹っている元さんをベッドから起こして、食事をする手伝いをする。心身とも病に苦しんでいる人は援助を求める声を出すのが難しいため、誰かが積極的に近づき、社会福祉資源を活かして、長期的に支援する必要がある。
 
質問:二十数年間、慈善訪問ケアを行なって来て、いつも訪問する前にどんな準備をするのですか。
答え:布袋で生まれ育ったため、地元に詳しくないわけはありません。その上、町役場に勤務していますから、地元に詳しいことと仕事を通じて得た人脈を訪問ケアに大きく役立てています。家庭訪問する前に、地元の町長や学校が対象者を理解している状況を把握してから、どのような社会的援助を提供できるかを考えます。従って、初めて訪問する時でも、既に五十パーセントは理解しているのです。
 
訪問の際は、相手の自尊心を傷つけないよう、直ぐに近所で決まった収入や政府の福祉資源から何を支援してもらっているかなどを聞くようなことはせず、相手を取り巻く事情を把握した上で、相手の生活を支援したい由を誠意で以って伝えるのです。訪問ケア活動に参加すれば、自分の得意なことを良能に変え、より多くの人と良縁を結ぶことができるのです。
 
 
質問:長年、付添ってきても何も変わらないかもしれません。そのような奉仕には価値があるのでしょうか。
答え:私は価値があるかどうかは考えません。證厳法師が言われるように、「正しいことは実行するのみ」であり、彼らは私たちと血縁関係はありませんが、もし慈済がなかったら、これら貧困家庭や新住民の子供たちは勉強を続けられませんし、他に一人暮らしのお年寄りに関心を持ち、ケアする人がいるでしょうか。助けを必要とし、それを支援できれば、皆で善行を成就し、善と美に溢れた世の中になるでしょう。
 
●八二三熱帯低気圧による洪水で布袋鎮の多くの地域が水浸した。蔡琬雯は膝の高さまで水に浸かりながら考試里で災害状況を調査した。
 
質問:今回の八二三水害での慰問とその後の訪問ケアで、一番深く印象を受けたのは何ですか。
答え:證厳法師は一九九六年の台風ハーブ災害の後、「地域」に根づいた訪問ケアを期待しました。今回の八二三水害で一番印象に残ったことは、上人の智慧です。
 
洪水の後、各地のボランティアは災害支援と「安心家庭訪問」を行うと共に、支援が必要な家庭を記録しましたが、後に再度実地調査してみると、殆ど問題ないことが分かりました。生活困難と思われる家庭を一つ残らず思いやり、注意深く調査してくれた外地のボランティアには感謝しています。災害の後、人々はその後の生活に対して必要以上に心配するものです。
 
現在布袋鎮には二十世帯余りが、被災後も続けてケアをしなければなりません。慈善活動は地域に根づいて、より多くの地元の人々に参加してもらう必要があります。直ぐに手を差し伸べることができる他に、互いに顔見知りであるため、大きな災害時には互いに助け合うことができるのです。
 
●家庭訪問する時、蔡琬雯はいつも対象世帯の状況を細かく理解し、成績の優秀な子供がいると、奨学金を申請する。
 
質問:あなたは長年、一人暮らしのお年寄りのケアをしてきましたが、今年六十五歳になって、自分の老後を心配していますか。
答え:十五年前に父親が亡くなってから、今では私も同じように一人暮らしの年寄りになりました。布袋は私の故郷です。ここで育ち、これほど多くの法縁者が助け合い、慈済という大家族がいる中、老後一人になることは全く心配していません。家でも安心して生活しており、健康にも気をつけています。私は人生の最後まで「家族」と一緒にいます。
(慈済月刊六二四期より)
 
NO.265