慈濟傳播人文志業基金會
沈む夕日も 空を美しく彩る
ボランティアが一人暮らしの高齢者をケアすることは、お互いの「健康促進」にもなる。
触れ合いは時空を超える旅のように、
互いに支え合いながら年を重ねることを学ぶ。
 
慈済台中支部社会サービス班班長の劉慧芳は、慈済ボランティアが行っている一人暮らしの高齢者への寄り添いケアは、ニュースに取り上げられているいわゆる「孤独死」を防ぐための、「不幸を起こさせない」予防的なケアだと言う。政府の高齢者政策の進展により、地域の訪問ケアや社会ネットワークも完備され、一人暮らしのお年寄りはより充実したケアやサービスを受けられるようになってきた。
 
以前は一人暮らしの高齢者というと「不幸な人生」を歩んできた人、という固定観念があったが、今では多くの高齢者は自ら一人暮らしを選択する。福祉組織が考えなければならないのは、身体の思うように動かない高齢者への介護や、元気な高齢者の社会参与の促進という問題である。
 
しかしこうした観念はまだまだ形成途上である。台湾には、「年をとったら世話をされて当然」という伝統的な考えが強く残っている。「長年、嫁として耐えて姑となる」というように、子どもたちや家族、更には社会全体に至るまで高齢者に尽くすべきだと考えがちになる。
 
しかし実際に世話をされてばかりいると、高齢者は「自分はもう何もできない」と感じ、生きる目的を見失い、老化を早めることにもつながる。
 
慈済台中支部のベテランソーシャルワーカーの朱淑芬は、こうした孤独や失意は年齢と関係があると言う。「何もできない」という考えにより、高齢者は精神的にも身体的にも自信をなくし、最後には本当に何もできなくなってしまうというのだ。
 
●ボランティアの廖碧玉(左)は、高齢者の孤独が癒されればと思い、よく自分の1歳の子どもを連れて近所の1人暮らしの高齢者を訪ねる。
 
一人暮らしの高齢者ケアには二種類あり、一つは家から出られない高齢者の家を訪問するもの、もう一つは外へ出られる高齢者を外に連れ出すというものである。しかしこれも高齢者自身の性格や考えを考慮してあげなければならない。「孔子は『其の老ゆるに及びてや、血気既に衰う、之を戒むること得るに在り』と言っています。ここでの『得る』には、それまでに培われてきた観念も含まれます。これを変えるのは簡単ではありません」朱淑芬は言う。
 
ボランティアたちが長い間寄り添い、励まして初めてこうした観念を変えることができるのである。慈済台中支部のソーシャルワーカー黄郁雅は、ボランティアが家に来るのを望まないケースは少なくなく、高齢者を外へ連れ出すとなると更に難しいと語る。しかし何度もお年寄りの家を訪問することで、徐々に高齢者たちが変わっていき、「頑張って生きていきます。本当にありがとう」とボランティアに感謝するお年寄りもいたと話す。
 
劉慧芳は、ボランティアが一人暮らしの高齢者をケアすることは、実はお互いの「健康促進」になるのだと言った。高齢者との触れ合いは時間の旅のように、自分も健康で皆から愛され、価値のある老後を送れるよう、ボランティアも年齢の重ね方を学ぶのだ。
 
長い間高齢者のケアをする中で、ボランティアは高齢者が何を必要としているかを知り、思いやりや命を大切にすることを学んできた。また高齢者をケアすると同時に自分自身にも配慮し、いかにして老化を遅らせ、どのように老後の生活に備えればいいのかも学んでいる。
 
●ボランティアをすることは魏素女(左端)の「老後計画」だ。地域の人々をサポートできるだけでなく、老化も防止できると彼女は考えている。
 
ボランティアをすることは、他人のことを気にかけることで認知症の発症を減らし、老化を遅らせることにつながる。劉慧芳は、慈済は高齢者の精神と経済をサポートするのみならず、高齢者の生活能力を向上させ、地域参加の機会を設け、高齢者が人生を楽しむサポートもしていると考えている。そして人々が高齢者を敬い、大切にし、高齢者が改めて受け入れられて能力を発揮できる社会となることを願っている。
 
「高齢者を労わり、敬うべきです。年を取ることは悪いことではありません。お年寄りは夕日と同じように美しいのです」と彼女は言った。
(慈済月刊六二四期より)
NO.265