慈濟傳播人文志業基金會
実家の留守番  遠い田舎の親睦会
若者の流失によって、日頃の田舎はもの寂しい。
慈済ボランティアの呼び掛けで得難い食事会がある時だけは珍しく賑わいを見せる。
参加者は慈済が長期ケアをしている独り住まいのお年寄りだけではない。
長年の近所同士が集まって楽しいひと時を共に過ごす。
 

資源が行き届き難い

 
慈済高雄支部は一九九八年から、高雄市役所の「一人暮らしの高齢者介護計画」に協力を始めた。その後は高雄市と高雄県が合併したことで、元の高雄県内に住んでいる高齢者があまり社会福祉施設の介護対象となっていなかった事を受け、慈済は二○一五年から高雄老人サービスセンターと協力して、山地と海側に一人で暮らしているお年寄りの世話を担当するようになった。
 
高雄支部の社会奉仕班の班長である楊芳美によると、この地域を担当するようになった当時はケースがあまり多くなかった。ボランティアは政府が提出した資料に基づき、初めて一軒一軒家庭訪問をした結果、海側から山側まで七百四十七のケースを見つけた。これは非常に膨大な数である。
 
その中から子供と同居するようになったり、老人ホームに移ったりするような人を除いて、最終的に百三十九件に絞ったが、それでも家庭訪問をするだけで大変なことだった。ただ、これを機に地域住民と交流ができ、慈済を認識してもらっただけではなく、近くにもケアを必要とするお年寄りが多くいることが分かった。
 
海側は人材が充分にあるので、地域に任せてケアすることが出来た。それに比べて、山側はボランティアが不足しているので、市内から支援してもらうことにした。
 
ボランティアは山奥に入り奉仕することで、田舎と都会のお年寄りとの間に相違があることに気づいた。田舎に住んでいるお年寄りは都会のお年寄りより、楽しく暮らしているという点でボランティアの考えは一致している。それは、自然の近くに住んでおり、小欲で満足し、活力のある生活を送っているからだ。その反面、良い生活機能をもつ都会にいるお年寄りは、狭い空間に住んでおり、一人暮らしの寂しさと老化の憂鬱に直面しているだけでなく、多くは経済的プレッシャーも感じている。
 
●高雄市甲仙区の山奥で一人暮らしのお年寄り劉彩雲婆さんは80才を過ぎても毎日畑仕事をこなし、山中を走り回っている。暇な時は家の前に座ってじっと遠くを見つめている。微笑みの中には寂しげに忘れ難いものに別れを告げているよう。
 
同時にボランティア達は山奥の資源不足、特に医療資源に限りがあると見ている。ボランティアの林蘭英によると、高雄医学大学と栄民総合病院は定期的に無料診療を施しているが、お年寄りは慢性病が多く、定期的に再診察を受ける必要がある。この地域には大病院がなく、診察を受けるのには高雄市内の病院に通う必要がある。しかし。往復するのには車を待つ時間だけでも半日以上かかり、道も悪くよく揺れる。
 
ボランティアの蔡津津が、お年寄りは口腔疾患にかかり易く、食生活と健康に悪影響を与えていることに言及した。高雄市は六十五才以上のお年寄りに入れ歯を無料で提供しているが、病院や診療所までの道のりは遠く、何回も通わないといけないので、多くのお年寄りはこの福祉を諦めざるを得ないそうだ。
 
その他、民間の人材不足も、遠い田舎の長期介護が直面する問題だ。近年進めている政策では、地元で老年を迎える理念の元に作られた地域ケア拠点であっても、一元的な長期介護二・〇ABC地域全体ケア方式にのっとっているので大量に人手が必要となってしまうのだ。
 
高雄市の場合、町毎にそれぞれの地域ケア拠点を作ることを目標にしているが、多くの地域振興会や町は人手が足りないので、設立率は低く、八百十一の町の内、ケア拠点があるのは僅か二百五十四箇所である。また甲仙地区のように範囲が広く、交通の便も良くない場所では、七つの里の中にある四箇所のケア拠点までお年寄りが通うのは難しい状況にある。
 
●遠い田舎に住んでいるお年寄りにとって、医療資源の欠如が最も困っているとのこと。そのせいで、医者にかかるのをやめ,薬屋から薬を買うことにしている人もいる。
 

古き友人をもっと大切に

 
若者が就職のために村を離れるため、お年寄りの一人暮らしが浮き彫りになっている。高雄市の近郊にある美濃のハッカ村を訪れたボランティアの目に入ったのは、三合院(中庭のある中国式の家)が整然と並ぶ美しい景観だったが平日は静まり返っている。休日になってやっと若者が親を訪ねて帰ってくるため、町が賑わいを取り戻していた。
 
ボランティアの陳文雄はまず我々を熊爺さんの家に案内した。彼は家に入るとすぐに爺さんと流暢なハッカ語で世間話を始めた。熊爺さんは一見気難しそうな人で、あまり感情を表に出さない。しかし、黄宋銀金婆さんの家に行くとお菓子を食べながら楽しそうに話していた。
 
初めて熊爺さんに会ったときのことを、ボランティアの陳恵英は今でも覚えている。熊爺さんは北京語と台湾語が堪能ではないので身振り手振りで話さなければならなかったが、その状況はハッカ語を話せるボランティアが一緒にケアするようになってから改善された。
 
すぐ隣に住んでいる銀金婆さんと、遠くに住む秀娣婆さん、迎えに行っていた他のボランティア達も帰ってきて、お茶の用意を始めた。我々は秀娣婆さんと一緒に裏に住んでいる満金婆さんを迎えに行ったが、満金婆さんはよその家に行っていたので、秀娣婆さんが隣から自転車を借りて呼び戻しに行った。
 
暫くして、脳梗塞で寝たきりになった隣の九十五才になる端妹婆さんが来られないのを除いて、お年寄りとボランティア達は銀金婆さんの家でお茶菓子を食べながら話し始めた。ボランティアの陳慧月と蔡津津はお年寄り達が好きなハッカの歌を唄うと、お年寄り達は心の底から楽しんでいた。普段から厳しい顔しか見せない熊爺さんも口元に微笑みを浮かべていた。
 
●田舎のお年寄りは自転車やバイクであっちこっちの家へ遊びに行く。途中でばったり会うとボランティア達は集会に参加するように声を掛けた。
 
ボランティア達はこのような集まりを月に一度催している。大半は食事会だが、お茶会の時もある。お年寄り達は近所に住んでいるので、集まりに参加することで、無沙汰になっている近所同士が改めて友情を温めあうことができ、新しい友人も参加してくる。面白いことに、参加するのは慈済がケアしているお年寄りだけではなく、お年寄り同士が声をかけ合い、隣の人をも食事会に連れてくるようになったとボランティアの蔡津津が言った。
 
お年寄り達は会うたびに楽しい表情を見せているが、正直なところ普段は心がもの寂しいのだとボランティアの陳文雄が言った。我々も常にお年寄りの側にいて面倒を見ることはできないが、普段から絆と信頼関係を築いているので、いざという時になれば、彼らは誰に助けを求めればいいのかを分かってくれている。
 
ボランティア達もお年寄り同士が繋がりを築くことによって、静かな田舎に賑わいを取り戻し、近所同士が助け合うことで気持ちが通じ合い、「親しい者同士、隣人で助け合う」安心して生活できるような街作りを目指している。
 
慈済による独居年長者のケア 2017年台湾全土統計
定期的なケア:延べ17772人
ボランティア動員数:延べ61956人
(慈済月刊六二四期より)
NO.265