慈濟傳播人文志業基金會
慈悲と智慧とを並行させる

愛は直ちに奉仕し、
細く長く続けなければならない。
 

困難な生活を強いられた子供たちが忘れられない

 
十一月二十三日にトルコに向かい、シリア難民への配付活動に参加すると共にマナハイ国際学校を訪問した台湾チームは、昨日台湾に帰国し、今日は新店静思堂で報告と共に感想を語った。
 
「皆さんは台中で私に出かける前の挨拶をし、台北で帰国を知らせてくれました。誠意を持ってお出かけになり、小さい子供が苦難に立ち向かっているのを目の当たりにして忍びなく思い、離れ難い気持ちを携えて帰国したことでしょう。シリアの内戦は既に七年を超え、難民が帰国できる日は何時になるか定かではありません。人の世は何と悲しく苦しいものでしょうか。いつも一念の無明のために、長く影響する災をもたらしてしまうのです」と上人が言った。
 
国が動乱に陥ってからトルコに逃れたシリア人は、以前は社会的な地位があり裕福であっても、今は全てを失っている。親と共に逃れた子供はわずかな食べ物と野宿の苦しみを味わって異郷で辛い日々を過ごし、一家の重い家計を手伝うために学校に行くこともできない。
 
そこで慈済とスルタンガジ市政府はマナハイ難民学校を設立し、子供たちの家庭を補助して安心して学校に通ってもらうことで将来に希望を持たせている。また、この世にはまだ無私の温かい情があることを感じてもらい、愛で以て彼らの心にある憎しみをなだめると共に、心に新たな愛を芽生えさせている。
 
「当時、支援しようと思い立ち、この重い責任を担ったのです。それは正しかったのでしょう。少しずつ結集した愛がシリア難民に希望をもたらしていることを分かっていただけると思います」。上人は慈済がトルコでシリア難民支援に力を発揮していることに関してこう述べた。最も感謝しているのは胡光中師兄と周如意師姊の夫婦、それに長期に渡って現地でケア活動している余自成師兄である。宗教と言語の隔たりをなくしてはじめて諸々の事務を推し進めることができたのだった。また、アリ副知事はスルタンガジ市長だった時に行政部門と一緒に活動を大きく推進させたが、その誠意は今でも変わっていない。そして、縁があって学校が国際機関の認証を取得したおかげで、マナハイを卒業した子供はその学歴が国際的に認められるようになったのである。
 
 
帰国した台湾チームのメンバーは、子供たちのためにもっと何かしたいのだが数人の現地の慈済人だけでその重責を担うのは見ていて忍びないと感じている。国際災害支援では数多くの項目について詳細に把握した上で慎重に査定する必要があり、一時の熱情で大勢の人を引き連れて言語、文化、宗教、政治環境も理解していない国に出向いてはならない、と上人が注意を促した。たとえ行けたとしても何ら力を発揮できなければ、徒労に終わるのである。
 
「縁が成就した時に機会を逃さず、無数の愛を結集させることができれば、成し遂げられる事は多いのです。しかし、その愛が偏ったものであれば、間違った方向に使われてしまうかもしれません。私は皆さんに小さな愛でもいいから功徳の海に注ぐよう望んでいます。国際災害支援はトルコのシリア難民のためだけではありません。自分たちの力量を知った上で、前進しながら縁を見計らってその力を発揮させるのです」。
 
「慈済はシリア難民の子供たちに溢れんばかりの愛を与えており、彼らも愛の心を発揮して社会に恩返しをしています。例えば、二年前の台南地震、そして今年の花蓮地震の時には、その子供たちは直ちに、長い間竹筒貯金箱で貯めてきたお金を全部寄付しました。金額は多くなく、甘露のように少しずつであっても、それら全てを功徳の海に注ぎ込んだのです」。
 
「同じように、私たちは普段から大衆を招いて善行し、定期的に寄付するのです。どこそこの国だけに偏るのではなく、国際災害支援の力を絶やさないようにしていれば、どこで支援が必要になっても、その力を注ぐことができるのです。一時的に慈悲心を起こして、緊急にその力をある一方向に集中させても、それは直ぐに干上がってしまいます。日頃から少しずつ結集させ、細く長く流れるようにしなければいけません。真心から出た慈悲と智慧の双方があれば、長い道のりを進むことができ、この世の災をなくして人心の傷をなだめることができるのです」。
(慈済月刊六二六期より)
NO.267