慈濟傳播人文志業基金會
小さいながらも堅固な力を発揮する
周囲を海に囲まれた台湾では、海が美しい自然景勝地を提供している。しかし、賑やかな時間が過ぎた後は、往々にして取り返しのつかないほど環境が破壊されているものだ。四月中旬に行われた澎湖島での花火大会は、改めて観光と環境保全を如何に両立させるかという問題に直面した。
 
十数年来、花火大会は澎湖島に大きな観光収入をもたらしてきたが、大量のゴミも産出してきた。狭い離島のゴミは船舶で台湾本島に運ばれて焼却されているが、コストが高い上、お金で解決できるとは限らない。例えば去年の花火大会では、前夜に高雄の焼却炉が故障したため、澎湖島のゴミは島に山積みされるしかなかったのである。
 
欧米や日本では既にゴミを燃料にする技術が広まっている。澎湖県環境局も同様の設備を取り入れたが、現地の資源回収率が低かったため、失敗に終わった経緯がある。資源の回収とゴミの減量が根本的な解決策だが、人々の習慣を変えるのは極めて困難である。
 
環境保護署のビーチ清掃に関する資料によると、プラスチック製品が近年の海洋廃棄物の大部分を占めている。国連が二〇一五年に作成したマイクロプラスチックによる影響推測図を見ると、台湾は最も密集した「赤色海域」に位置し、季節的な風や海流の流れに乗って海洋ゴミが集まってくる。それら海洋ゴミの八割は陸地から来ており、人類が利便性を追求した結果であると言える。
 
花火大会の行われる前、慈済人医会の医師が澎湖へ施療に行った時、海岸にゴミが溜まっているのを見て、現地の人たちにリサイクル活動を呼びかけた。その様子を慈済月刊誌の記者が取材し映像におさめた。映像には整理しきれないゴミ以外に、長年変わらない環境保全ボランティアの姿があった。このストーリーは「二七二号」に特集として報道されている。
 
彼らは高齢で腰が曲がっても、相変わらず環境保全の責務を果たしている。例えば、船長の石龍耳を紹介しよう。彼は出港時に必ず船員に資源を回収し、時間のある限り地元住民と共に回収物の整理に参加するよう呼びかけている。そして分類した物を自分の船で慈済のリサイクルセンターに運んでいる。
 
少校を退役した薛佩麒は以前、馬公の北辰市場で八百屋を営んでいた。七十を過ぎた頃に環境保全ボランティアとなり、絶え間なく投入していた。四年前に交通事故で亡くなった後も、その環境保全の心願は他のボランティアに引き継がれている。八十歳近い陳楊専は毎日海岸に行って海洋ゴミを拾っている。吉貝島で初めて環境保全を始めた欧素卿は、脊髄手術した後だけは暫らくボランティアを休んでいたが、片時も忘れたことはない。
 
澎湖の環境汚染は日増しに酷くなり、マイクロプラスチックを含む海洋廃棄物はもはや浜辺を清掃し切れないほど多くなっている。現在の消費至上の時流の下、環境保全ボランティアの姿は取るに足りないものかもしれないが、真に問題解決する根本の道を歩み、小さいながらも堅固な力を発揮している。
(慈済月刊六二九期より)
NO.270