慈濟傳播人文志業基金會
傲慢にならず卑下もしない
 
人類が天に打ち勝てると勝手に思うのではなく、菩薩の精神を発揮してこの世に福をもたらさなければいけません。
 

誰もが仏になれる

 
志業体主任たちの報告が終わった後、上人の話はサイクロン・イダイに及び、以下のように語りました。「災害支援はとても大変ですが、アフリカの慈済人はその使命を果たさなくてはならず、各方面からの良縁と共に成就させるべきです。南アフリカの慈済人は国境を越えてマラウイの重被災地で家を建て、モザンビークでは支援物資の一部が届いたため、配付活動を行いました。また、ジンバブエのボランティアは少人数でも被災地に出向いたと聞いて安心しました」。
 
「これら発心したアフリカの菩薩がいなければ、私たちが苦難に満ちたこの世で奉仕しようと思っても、その苦しみとは無縁のままだったことでしょう。もし、遠方にこれら菩薩の種子がなければ、私たちがどんなに大きな悲願を持っていても、苦しんでいる人々に奉仕するためにその地を踏むことはできなかったでしょう。それ故に絶えず『情感に溢れる菩薩』を迎え入れ、至る所で人心を浄化し、人類は奢ってはならないと同時に卑下することもないことを知ってもらうのです」。
 
「驕らないとは、人類の力で天に打ち勝てると勝手に思い込んではならず、大自然の威力に立ち向かうことはできないことを指します。衆生の業は深いため、人類の力でそれを変えることはできないのです。そして、卑下しないとは、困難に遭遇した時、直ぐに神様や仏様に助けを求めるのではなく、自分で解決することです。というのも、業は一人一人自らが造り出したもので、観念を変えて行いを正してこそ、災害が軽くなるのです」。
 
 
「大自然の気候変動は外的要因によるものではなく、人類が長い間、積み重ねてきた業によってもたらされたものです。宗教は人々に道理を教え、正しい道を切り開くと共に体で実践するよう導いているのです」。
 
「そして、宗教は神頼みして庇護してもらおうと思って信仰するようではいけません。特に仏教徒は仏の教えに基づいて菩薩を模範とし、「無縁の人に大慈悲心を掛け、自分のことのように悲しむ」菩薩の精神と仏の智慧を人の世に施すのです」。
 
「人は誰でも仏や菩薩になることができます。ですから、卑下することなく、自立すべきです。今の世の中には苦難が多く、菩薩に学んで人助けする時です。しかし、驕ってはならず、このような事相が仏の言う苦、集、滅、道を証明していることに感謝すべきです。人類が過去から作ってきた苦しみの原因が積み重なって重い業力となっているため、今、大愛を発揮して世の中に福をもたらしてこそ災難をなくすことができるのです」。
 
「東アフリカ三カ国に支援の手を差し伸べるよう呼びかけたことで、数多くの人が愛を啓発されました。心と愛を募るのは一時的な活動ではなく、長期的に絶え間なく続けなければなりません。世界中の慈済人が続けて活動を推進し、人々の愛を啓発して行動に移す必要があり、その愛の力でこの世の平穏を護るのです」。
 
●3月半ば、サイクロン・イダイが東アフリカに甚大な被害をもたらした。ボランティア朝会の前、基金会の職員が慈済支援活動の状況を報告していた。(4月1日)
(慈済月刊六三一期より)
NO.272