慈濟傳播人文志業基金會
希望をもたらし、再建が始まった
 
 『明史』には鄭和船団がモザンビークに到着していたことが記載されており、その中で鄭和による西方遠征の終点は「比刺」と「孫刺」でした。この記載について、「比刺」とはモザンビーク中部の港町ベイラで、「孫刺」とは沿海地帯のソファラ州であると考える学者もいますが、更なる専門家の検証が待たれます。
 
 現在、ベイラ市に居ても、鄭和船団の活動の痕跡を見つけることはできません。しかし、中国人、台湾人、南アフリカ、イギリス、アメリカ、マレーシア、オーストラリアから華僑がベイラに集まって、現地の人々と一緒に美事を完成させていました。
 
 
 話は二〇一九年三月に遡ります。アフリカ東部の沿岸一帯は、サイクロン・イダイの直撃を受け、モザンビークとマラウイ、ジンバブエに甚大な被害をもたらし、慈ツー済チーボランティアは直ちに支援活動に動きました。中でも最も被害の大きかったモザンビークのベイラ市とンハマタンダ周辺が慈済の重点ケア地域で、緊急食糧支援の後、住民の家屋再建、教育、医療など各方面の支援計画にも着手しています。
 
●サイクロン・イダイに襲われてから1カ月が過ぎても、モザンビークの多くの被災地で水が引かず、損壊した家屋と植物が水面に浮かんでいた。
●重被災地に通じる道は寸断され、輸送が妨げられることがよくある。不時の難題に迂回路を模索する間、列を成して停車していると。子供たちがその機会にものを売ってくる。
●モザンビークの首都マプトの現地ボランティアたちは1000キロ以上離れた中部地区で災害支援をした。被災地では住民に呼びかけてボランティアを募り物資の荷卸しや配付を手伝ってもらった。
 
3 月31 日から4 月30 日まで
食料と日用品パックの配付
地域: ンハマタンダ地区 、ドンド区
內容: 白米 、トウモロコシ粉 、豆、塩 、食用油 、浄水剤 、せっけん 、蚊帳など
対象世帯数:10,285戶
 
4 月26 日から5 月15 日まで
建築と農作業用パックの配付
地域: ンハマタンダ地区の ティカ 、ラメゴ 、ブジのグアラグアラ
內容: すき、くわ、釘 、ハンマー 、バケツ 、のこぎり、ペンチ 、シミター 、麻ロープ 、針金、 計10個の工具、鍋 、種、花豆、トウモロコシ粉または白米
対象世帯数:16,688戶
 
5 月10 日から5 月16 日まで
文房具の配付
地域: ンハマタンダ地区の ティカ、ラメゴ、ブジのグアラグアラ
內容: 学生に カバン 、文具入れ 、練習帳 、定規 、消しゴム 、鉛筆削り 、えんぴつ 、色鉛筆
セット 、ボールペン赤/青/黒 、折り本「靜思語」
教師に白米、花豆、「平安」の飾り小物、折り本「靜思語」
対象者数: 17,552人
 
災害支援の統計 ( 2019. 5.16 までに)
● 3月28日に緊急援助としてドンベ区553世帯に白米を配付。
● 食料と日用品パック及び建築と農作業用パックを26,973世帯に配付。
● 文房具を17,192人の学生及び360人の教員に配付。
● 5月中旬から5月下旬まで施療を実施。
● 村、学校、病院の修理または援助建設の中長期計画
訳・善耕
 
 
慈済ボランティアが被災状況の確認に訪れた時、住民が様々な方法で家を再建したいと思っていることを知った。 住民は通常地元の資材を使って伝統的な方法で家を建てている。まず、土地を平らにし、木や竹で構造を造る。手作りの型に土と水を入れて2日間乾かすと、煉瓦のようになる。日干しの蘆を壁として使用し、泥土に水を混ぜて煉ったもので壁を補強している。またバナナの葉は材料間の連結を固定するのに使用される。屋根を覆うためには軽量のかやぶきを使う。住民に必要だったのは各種の道具と建築材料だったので、ボランティアはそのニーズに応じて購入するとそれらを建築のパックとして配付し、再建をスピードアップさせた。
   
さらに、被災地では殆どの住民が農業に従事している。サイクロンによって農耕地は被害を受けたが、交通の状況が全面的に復旧していないうちは依然として外国の援助に頼らなければならなかった。 そこで慈済は種を配付して住民が自給自足の農業機能を取り戻すよう援助を集中した。それにより一世帯ごとに10個の道具だけでなく、鍋、種、豆、トウモロコシ粉や米、その他の物資が行き渡った。同時にボランティアも空の米袋を提供したので住民は物資を入れて持ち帰ることができた。(訳・善耕)
 

家の再建

ブジ地区のグアラグアラ村にある臨時避難所になった中学校では、慈済ボランティアが住民の世話をしていた。ソファラ州のブジも大きな被害を被った所で、住民は何キロも離れた、比較的被害が小さかったグアラグアラまで避難しており、ブジに戻る気はない。政府はグアラグアラに土地を見つけ、慈済の再建計画に合わせて、帰る家を失くした住民のために新しく家を建てる方針である。
慈済ボランティアが家の再建に使う各種道具を整理してからトラックから下ろし、住民に配付した。
ティカ村の住民たちが頭に約30キロの再建道具と米を載せて家路に着いた。でこぼこの道を歩くのは容易ではないが、家の再建には道が拓けている。
 

教育の支援が待たれる

ルサカ協定小学校では、2年生が大きな木の下でポルトガル語の授業を受けていた。これは野外教育ではなく、サイクロン・イダイによって校舎が損壊したからである。風災でンハマタンダでは100以上の学校が被害を受けた。ラメゴ村のルサカ小学校では既に2カ月も屋外で授業しているが、いつ教室に戻れるかは未定である。
 ルサカ小学校での授業の様子。被災後、残っていた2つの古い教室は、長い年月と風災の影響で建物全体が危険な状態になっていた。生徒たちは1つの教室に交代で授業を受けていた。
慈済は5月、ルサカ小学校で文房具とカバンの配付活動を行い、3000人余りの生徒と住民が参加した。物資の欠乏状況を伺い知ることができる。文房具とカバンの配付で親の負担を減らし、生徒たちは授業に専念することができる。
 

医療の欠乏

ソファラ州ティカ村のムダの医療ステーションが風災で損傷したため、横の空き地に野外で住民に奉仕するしかない。
ソファラ州の地域保健所では、乳幼児の健診で、原始的な秤で赤ちゃんの体重を測っていた。モザンビークは医療資源に乏しく、平均人口10万人あたりの医師の数が3人という状況に加え、分布が偏っており、都会以外の地域は特に不足している。田舎の住民は拠り所がなく、自分で健康を守るしかない。
(慈済月刊六三一期より)
NO.272