慈濟傳播人文志業基金會
いつも通り奉仕する
 
人生は無常であるが、心が変ってはいけません。
良い願をかけ、良縁を結び、真心で奉仕するのです。
 

どうして私なのか?

 
ある慈済人が健康診断で悪性疾患と分かり、大きなショックを受けましたが、直ぐに仏法で心を落ち着かせました。上人はそれを聞いて、「直ぐに『なぜ仏は加護してくれないのか?』と思ったりしてはいけません。仏は自分を信じれば加護するとは言っていません。仏は衆生に仏法を心に聞き入れ、誰もが仏と同じように悟りを開くことができる本性を持っていることを知ってもらいたいのです。その仏心の本性を啓発しさえすれば自然と見返りを求めず人助けして、行動した後に喜びを感じ、どんな境遇にあっても心軽やかに自在でいられるようになるのです」。
 
上人は昨日、大愛テレビ局の職員が「九二一大地震」二十周年追悼のために作った回顧番組について話しました。その中で、地震当時は八歳と六歳だったある姉と弟が、当日の夜、両親とハグしてから寝たのですが、その数時間後に天地が揺れて家が倒壊し、両親と他の家族は全員亡くなりました。残された二人は悲しみの中、生きる術さえなく、隣人のおじさんが引き取りました。そのおじさんには四人の子供がいましたが、そこに二人増えたため、生活がとても大変でした。しかし、自分の子供のように育て、今、六人とも大人になり、皆、家庭を持つまでになりました。
 
「二十年前のあの瞬間、とても多くの人の人生が変わりましたが、これこそが仏法で言う『無常』なのです。人生は元々無常な故、心の持ちようを変えてはいけません。先程のお二人の話を聞いていると、病に対しても『何故私が?』と思ってしまいますね。この人生の境遇は自分が過去世で書いた脚本です。それが逆境であっても、喜んで過去世と良縁を結ぶことです。今生、慈済の大家族の一員になり、これほど多くの法縁者が周りにいて、正のエネルギーを与えてくれると共に正しい方向に導いてくれているのです。今の医療は発達しており、病気が分かった以上、早く治療すべきであり、これ以上、人間に出来ることがなければ、天命に任せるしかありません。天命が私たちの縁なのです」。
 
「もし、手の付くしようがなくなっても、変わらない心を持ち続けるのです。もし、良縁があって生命が永らえれば喜び、過去の良い発願と良縁に感謝し、今まで以上に心して良縁を大切にすべきです。私自身も子供の頃から余り健康ではありませんでした。健康でなかった故に無常を悟り、生命を無駄にせず、皆に善行するよう呼びかけ、大勢の力と縁で以て一緒にこの世で奉仕してきたのです。誰もが変わらぬ心を持ち、良縁と共に時間を無駄にせず、正しいことを実践すればいいのです」。
(慈済月刊六三三期より)
NO.274