慈濟傳播人文志業基金會
現実と向き合う
 
堪忍の世界に生まれたなら、苦しみに耐えなければなりません。試練と思い、衆生の苦難を体得するのです。
 

善の回路、良い習慣

 
「台湾には平穏で豊かな生活があります。その福を惜しんで更に福を作らなければいけません。それは喉の渇きを癒し、生活のために汲む井戸水のように、どれだけ汲んでも井戸の水位は下がることなく、また、誰も水を汲まないからといって水位が上昇することもありません。多く使っても少なく使っても増えも減りもしませんが、その水を人のために使えば、恩恵をもたらします。私たちが自分の『井戸水』で人々を幸福に導けば、自分にも福をもたらします」。
 
雲嘉地区の慈誠委員と座談した時、上人はこう言いました。「人との関係で互いに関心と思いやりを持って接し、自分の親しい人に愛を与えるだけでなく、心を大きく持って縁も所縁もないこの世の衆生を愛するのです。どこかで災害や苦難が起きたことを知った時、直ちに脳の『慈悲利他』の領域が刺激されます。その後、慈悲心が起きて奉仕する行動に出れば、その領域は持続して活発になり、善の回路が形成されます。そして無私の人助けをする良い習慣が身に付くことで、その領域は容易に無明に覆われることはなくなります」。
 
雲嘉地区の若い世代が重責を担っているのを見て、上人は嬉しくなると共に、経験豊富な慈済ボランティアが道を切り開き、人々を導いて来てくれたことに感謝しました。「彼らは歳をとり、体力は衰えて来ましたが、それは自然の法則であり、人生で直面しなければならないことです。福のある人は病苦に苛まれることなく、人生の最期まで慈済で奉仕を全うすることができますが、多くの人は病苦から逃れることができないため、耐えるしかありません」。「私は毎日、こう自分に言い聞かせています。堪忍の世界に生まれて来たからには、様々な衆生に接しなければならず、自分で病苦を経験しなければ、衆生の苦しみを理解することはできないと。病苦を試練と見なし、老いることの苦しみを体得して現実と向き合うよう、毎日、自分に言い聞かせています」。
 
「一秒たりとも時間を無駄にしてはなりません。歳だからと言って隠居したり、何もしたくないと思うのは間違いです。歳だから余計に体を動かすのです。今は時間との競争ですから、一時間でも多く行動すれば、それだけ多く得るところがあり、一回でも人を利する話をすれば、それだけ多く人と良縁を結ぶことができるのです」。
 
上人は、「引き継いだ後は付き添うことです。若い人もお年寄りに感謝と尊敬の念を持ち、愛で以て年長者の世話をすべきです。年長者か若者、ベテランか新参入者に関わらず、皆、慈済という大家族の法縁者なのです。互いに思いやりと励ましで以て力を結集することで人心を浄化し、平和な社会を実現させなければいけません」と念を押しました。
 

敬虔さと慈悲心が道場を成就する

 
七月六日、上人は台南静思堂でボランティアとの座談会で、台南静思堂の由来について語りました。「莊慎私さんが一九九二年に、慈済の台南静思堂建設のために仁德インターチェンジにほど近い土地を寄付してくれました」。
 
「莊慎私さんは既に亡くなりましたが、今朝、彼の妻である黄秋香師姐が来ていたのを見かけ、当時、莊さんがこの土地を寄付してくれたことを思い出しました。彼はとても敬虔に慈済が受け取ってくれるよう、自宅の仏堂で祈っていました」。「その年、屏東に行脚した時、莊さんは朝早く、その土地の所有権状を持って屏東支部にやって来ました。それを仏像が置かれた机に置き、師匠が喜んで受け取ってくれるよう、とても敬虔な態度で私にお願いしました。私はそれを聞いてとても感動し、お礼を言いました」。
 
「彼がその土地を寄付してくれなかったら、私たちは今日、ここに集まることはできなかったのです。静思堂は建設されると普段は菩薩の修行道場として使われています。毎年、慈済人がここで認証を受け、社会で菩薩精神を発揮して善行しているのです」。上人は二○○九年の台風モラコットの災害と二○一六年の地震被害に触れました「台南の慈済人は静思堂に災害支援センターを立ち上げ、各地のボランティアを集めて、炊き出しなど各種任務に当っていました」。
 
慈済人が自発的に苦難を助け、深夜でも早朝でも直ちに出動して現場で奉仕していることに上人は感謝しました。災害が人的被害をもたらす中、慈済ボランティアは嫌な顔も見せず、被災地に出向いて支援します。一人ひとりが敬服に値する人間菩薩なのです。
 
「皆、寺院に出かけて願を掛けたり、仏や菩薩に祝福や平穏な加護を祈っていますが、本当は善の因を作って善行しなければ、福の報いは容易には得られません。莊慎私さんの心は敬虔で、自分のためではなく、円満に土地を寄贈して荘厳な菩薩道場を建て、数多くの人間菩薩を成就させることだけを望んでいたのです」。「それは彼の心願であり、彼の敬虔さによってその心願は達成できたのです。それは仏像が加護したのではなく、彼の心にある菩薩が決心したことで、慈悲心が起きてこの土地を喜捨しようと思ったのです。法脈と宗門がいつまでも受け継がれるように、皆でこの道場を大切にしましょう」と上人が言いました。
(慈済月刊六三四期より)
NO.275