慈濟傳播人文志業基金會
教育_救済と防災を並行して・校舎の改築
慈済は半世紀にわたって、人道的救援活動の経験を蓄積してきた。緊急支援から、災害後の再建、そしてそれ以上に重視するのが予防的な慈善活動である。早期の貧困者のための住居修繕に始まり、今の「減災希望工程」、「防災社会教育」に至るまで、万全の準備を以て自然災害の衝撃に備えている。
 
●慈済が「減災希望工程」により支援建設した苗栗県の公館中学校の事務棟は、今年完成し使用開始された。(撮影・顔霖沼)
 
使用禁止校舎の改築
「減災希望工程」で安全性達成
 
各方面で義務教育十二年化の新課程の内容に知恵を絞っている一方で、多くの学校はいまだ教員や生徒の安全を脅かす古い校舎を建て替えることができずにいる。慈済は二〇一四年より、台湾全土で二十六の使用禁止校舎の支援建設を行ってきた。二〇二〇年に苗栗県の二校が完成し使用開始されれば、「減災希望工程」は全ての工事が完了することになる。
 
慈済が展開してきた二〇一四年からの「減災希望工程」は、花蓮、台東、高雄、屏東及び苗栗において、二十六の小中学校の古い使用禁止校舎の改築を手がけ、順に使用が開始されている。最後に完成した五つの支援対象校も、二〇一九年九月の新学期に新たな一歩を踏み出した。
 
花蓮県の三民中学校、苗栗県の後龍中学校、造橋中学校の新校舎が完成し使用を開始した。また苗栗県の公館中学校、県立苑里高校でも一部の校舎で授業が開始された。第二期工事は進行中であるが、安全を脅かす問題は解消された。慈済による老朽化した校舎の改築工事、減災希望工程の目標は達成されたのである。

花蓮三民中学校・台湾青少年野球の星

一九六八年に創立された花蓮県玉里鎮の三民中学校は、花蓮県が中央政府の義務教育九年化推進政策に対応して建設したものである。波形の屋根、片持ち梁の廊下、大きな窓を持つ設計は、当時新設の公立中学校が採用した「教室」の標準で、公立中学校に改正された初等中学校の多くが、新教室の増築に際してこのスタイルを踏襲した。しかし、半世紀にわたって風雨にさらされ、台風や地震の損害を受けたこれらの「祖父級」の校舎は、もはや子供たちを守ることができないばかりか、校内の安全を脅かす可能性すらある。
 
総務主任の何孟樺さんは、改築前を思い出して言った。「一階の廊下も、二階の廊下も、鉄筋がむき出しで、雨漏れもひどかったのです。一番危険だったのは、コンクリートの塊が落ちてくることでした」。九二一地震でこうした建築設計は耐震性がないことが証明された。そのため、鄭健民校長は着任するとすぐに校舎改築のため奔走し、ついに二〇一六年、慈済の減災希望工程が開始されたのである。
 
「しかし、我々の学校が建つ土地は山岳保護地区に指定されているため、土壌保護計画を提出する必要があり、再建の進度は比較的遅いものになりました」。安全確保と法律遵守のため、三民中学校の工事は二〇一八年六月にようやく着工となった。旧校舎の取り壊しが始まると、教員と生徒は国立玉里高校に間借りして授業を行なった。
 
改築期間中は様々な問題があったが、生徒達の向上心に影響することはなく、多くの素晴らしい成績を残した。三民中学校の野球部は、二〇一七年全国青少年選手権大会で優勝し、U15アジア野球選手権大会に出場して二位になった。さらに二〇一八年八月の全国青少年野球においては三位の成績を残した。
 
「これは花蓮の歴史上、大きな出来事です」と、鄭健民校長は生徒達を褒め称え、また慈済の支援による新校舎についても賛辞を述べた。「一言では形容できないのですが、この校舎からは雄壮さと共に、繊細な柔らかさを感じます。この両方を兼ね備えているということは、簡単なことではないと思います」。
 
頑丈な構造に、柔らかい曲線。素朴なグレーを基調として、廊下の窓枠には赤、緑、黄色が配色されている。安定感がありながら、変化に富んでいる。広い廊下と、広い間隔で配置された大きな教室の窓のおかげで、採光と風通しがよく、心地よい学習環境が作り出されている。この新校舎は使用されて半年も経たないが、既に三民中学校の百十三名の生徒に恩恵を与えている。慈済の台湾東部における減災希望工程は、ここに有終の美を飾ることになった。

後龍中学校、造橋中学校・安全が確保された嬉しい入居

減災希望工程の支援を受けた県や市の中で、苗栗県は台湾北中部唯一の自治体であり、県内の中学校及び高校四校が支援を受けた。そのうち苗栗県北部に位置する後龍中学校と造橋中学校の教員と生徒は、今年の新学期より新校舎に入居した。
 
「旧校舎は安全上の懸念がありました。国立地震工程センターの検査で基準に達していないと判定され、立入禁止の黄色い紙が貼られた建物が何棟もありました。前方の事務棟、後方の教務棟、これら二棟の建物はまだら模様で、鉄筋が露出し、危険な状態でした…」。後龍中学校の熊儒卿校長は、改築の過程を振り返り、校内は比較的新しかった「至善楼」体育館を除き、その他の建物はまるで生まれ変わったように、大きな変化を遂げたと語った。
 
新校舎の完成後に旧校舎を取り壊す方法を採用したため、後龍中学校の教員と生徒は、今年九月の新学期から真新しい校舎に入居した。新しい教室の構造は以前のものとは違い、縦横それぞれ二本の梁が「井」の字に交差するようになっているため、全方向からの揺れに耐えることができ、また照明も格好の位置に取り付けられた。
 
「新校舎の照明は、吊り下げ式ではなく、梁に直接設置されています。そのため、風が強い時も揺れることはなく、生徒達の視力にとっても良いのです」。総務主任の鄧竹君さんが、建築設計の工夫を紹介した。それから彼女は携帯電話を取り出して、校内の写真を見せてくれた。「生徒達によれば、我々の学校はインスタ映えするホットスポットなのだそうです」。
 
建築支援の過程において、後龍中学校の先生は、慈済ボランティアが彼らに寄り添い、親孝行のキャンペーンや環境保護のために浜辺の清掃活動を引率してくれたことに大変感謝した。また造橋中学校では、慈済ボランティアが薬物濫用防止や環境保護についてのキャンペーンを行った。生徒達が自分を守り、大地を愛する意識を高めただけでなく、これらの活動は新校舎が掲げるグリーン建築の趣旨にも合致するものだった。
 
「新しい建物はいかだ基礎を採用しており、地下室は貯水庫になっています。普段は雨水を貯めておき、水不足の時に利用することができるのです」。造橋中学校の林育伸校長の案内で、慈済人は校内を参観した。まず目に入ってきたのは、二棟の灰色の新しい建物だった。壁に施された桐の花模様が地元の客家文化の特色を表していた。
 
「我々の学校は、造橋郷の地震防災避難センターを兼ねていることを、建築士にあらかじめ伝えていました。ですから建築士は、鉄筋の量を増やし、耐震性の高い設計をしました」。総務主任の李啓銓さんの解説によれば、新校舎は旧校舎の前方にある土地に建てられ、完成後に傾いた廊下や構造に亀裂の入った旧校舎を取り壊した。そこが新校舎と後方の丘との間の緩衝地帯となった。造橋中学校の危険は解消され、安心安全の学校環境が実現した。
 

●造橋中学校では、新校舎の建築後に旧校舎を取り壊す方法が採用された。頑丈で優美な新校舎(写真左)が完成した後、教員と生徒達は旧校舎が取り壊される前に記念撮影を行い(写真上・造橋中学校提供)、学校史の新たな1ページに立ち会った。

県立苑裡中学校と公館中学校・二〇二〇年を見据えて

苗栗県の南方海沿いに位置する県立苑裡中学校と山沿いの公館中学校では、現在も大規模な工事が続いており、二〇二〇年九月の新学期前に全ての工事が終わる予定である。
 
「我々の学校には以前、全部で十七棟の建物がありましたが、全て二階建てでした。事務棟だけは高校の部ができた時に、二階分増築して四階建てにしたのです。つまり、年寄りが子供を背負っているような形です」。
 
県立苑裡中学校の張逢洲校長によれば、学校側の希望は、以前のように狭苦しくならないよう、なるべく空き地を設けることであった。「そこで、建て替えに際しては、全部で四棟の計画としました。三棟が教室用で、一棟が体育館です。こうすれば校内が広々として、学習環境全体が見違えるようになるはずです」。
 
他の支援対象校と同じく、田園に囲まれた県立苑裡中学校の古い教室は天井の鉄筋が露出していた。経費が不足していたため、ここ数年はコンクリートの塊が落ちて怪我をしないよう、鋼板で覆っていたが、耐震検査で不合格の判定を受けた。補強、改築のいずれも難しい状況にあったその時、幸いにも慈済の援助が得られることになったのである。
 
「我々は新入生を迎える時、保護者にこのことを伝えました。学校に新しい教室が出来ることを知って、保護者達はとても喜びました」。慈済の建築支援は、張校長をはじめとする教員達を大いに勇気づけた。だが、工事は簡単では無かった。生徒数は中学生と高校生を合わせて千人を超え、校内を一体的に設計しなければならず、新旧校舎の立地の多くが重複するため、後龍中学校や造橋中学校のように新校舎の完成後に旧校舎を取り壊すという方法は用いることができなかった。そのため、建設チームは工事を二期に分け、慈済人もまたプレハブ校舎を提供することで、教員と生徒が授業を続けられるようにした。
 

●苗栗県立苑裡高校の支援建設工事は二期に分けて進められた。慈済基金会建設処主任の林敏朝さん(写真中央)と建築委員は何度も視察に訪れ、下請け業者が施工品質を確保するよう厳しく要求した。
 
七十三年の歴史がある公館中学では、今年完成した新校舎の斬新さが人々の目を奪った。校門には背の高い吹き抜けがあり、校内を縦に一望できる。校門から中まで連なる三本の古い木が、歴代卒業生達の記憶に留まっている。
 
「後輩達のために嬉しく思います。彼らの教室は安全になりました。でも校内は変わらず、記憶すべきものはまだ残っていて、ただ教室が新しくなっただけです。間取りも採光も全てが以前より良くなりました」。
 
湛麗純さんは今から四十年前、義務教育九年化のおかげで、母校が国民中学校に改正された後、無試験で入学した第一期の国民中学生である。六十歳を過ぎた彼女は、地元の慈済人として、三年前に建築士と共に校内を視察し、学校がとても古くなっていることに驚いた。あちこちに破損の痕跡があり、コンクリートの剥落はひどく、生徒がうっかりすれば、窓枠そのものが落ちる可能性があった。保護者会の劉彦誠会長も言う。「あの時は入ってすぐにこの学校は危険な建築物だと感じました」。
 
公館中学校の校舎の危険性は十年前から指摘されていた。現校長である方麗萍さんは前任の胡瑞蓉校長の堅持と努力に感謝している。そのおかげで、一昨年に県政府が慈済減災希望工程の学校を選定する際、公館中学もその対象校となりえたのである。
 
公館中学校には、二十八クラス、七百余人の生徒が在籍している。工事は二期に分けて進められた。現在まだ工事が進行中であるため、多くの生徒がプレハブ教室で授業を受けているが、地元の父兄達の期待は高い。方麗萍校長は、「二棟の校舎は今年完成する予定ですが、親戚や友人からは『校長先生、慈済が私たちのために建ててくれる新校舎はどんな様子ですか、見に行きたいです』と度々言われるのです」。
 
●公館中学校新校舎の第二期工事は今も進行中で、教室が不足しているため、工事期間中も通常通り授業を行えるよう、慈済ボランティアは校庭にプレハブ式の臨時教室を建てた。
 
公館中学校、後龍中学校、そして花蓮の三民中学校の新校舎を設計した黄建興建築士は、新校舎が震度七の激震にも耐えられるよう、教室前方の廊下と後方のベランダに柱を設けた。これは、四つの柱で空間を三分割する、より安定した構造である。
 
「親指を曲げて、四本の指を伸ばしてみてください」黄建興は手の指を柱に例えて説明した。四本の指を下に向けて開くと、指と指の間にあらわれる三つの空間、これが三分割構造を表す。義務教育九年化の年に大量に建設された標準教室は、これとは対照的に、人差し指と薬指で作られる一つの空間だけの構造であった。耐震性の差は明らかである。
 
まずは安全性を確保してこそ、美観を追求する余裕が生まれる。九月二十四日、慈済にとって百軒目で苗栗県内では一軒目の「静思閲読書軒」が公館中学校の中にオープンした。方麗萍校長は、新居に友達を招くように、来賓達をオープンしたばかりの新校舎に案内した。工期を終えた第一期の教室棟、そして建設中の第二期教室は全て南北に配置され、西日の心配をなくしてあった。
 
一階には桐の花、二階には柿、三階には赤棗の模様が施されている。これらは公館客家村の特産物である。方麗萍はこれら随所に見られる故郷の意匠から子供達に伝えたいことがあるという。「私たちはこの公館で育ったということを、片時も忘れず、いつかこの故郷に報いて欲しい。これは私達が一番伝えたい心なのです」。
 
●公館中学校新校舎の廊下に配置された円柱は建物の耐震性を大幅に上げている。また各階の壁には桐の花や柿、赤棗の図柄が描かれ、苗栗地区の客家文化の特色を表している。

高基準の施工・教員と生徒の安全は犠牲にできない

減災希望工程の歴史を振り返ると、最初に完工したのは屏東の五つの学校で、これらは二〇一六年三月に正式に使用開始された。その時、花蓮の三民中学校と苗栗県の四校は、支援建設の列に加わったばかりであった。遅い出発ではあったが、なんとか間に合ったのである。
 
今になって振り返ると、減災希望工程が苗栗において終着点を迎えたことに、特別な歴史的意義を感じる。なぜなら台湾では、一九三五年四月二十一日、震度七を記録した新竹台中大地震が発生したが、その震源地は今の苗栗県にある関刀山だったからである。当時、この地震で三千人余りの命が失われた。死傷者は、後の九二一地震をも上回っていた。現在、慈済は苗栗県に防災教育センターを設立し、減災希望工程により古くて危険な校舎の改築を進めている。それは防災、歴史の記憶、教育という多義にわたる意味を持っているのである。
 
「減災希望工程とは、災害を未然に防ぐことであり、発見された問題はすぐ解決されなければ災害が発生してからでは間に合いません。大変危険です」。慈済建築委員の王明徳さんによれば、建築チームは常識を超えた高い基準で工事している。「二、三階建ての建物であれば、七階建ての構造基準で建てます。四、五階建ての建物であれば、十二階建ての基準で建てます。ですから、安全性は非常に高いのです」。
 
慈済基金会建築処主任の林敏朝さんによれば、減災希望工程は高い基準の鉄筋コンクリート工法を採用している。一般の建築には、強度三千ポンドのコンクリートを利用するが、減災希望工程では三千五百〜四千ポンドのものを使用する。また、良い材料を使用するだけでなく、施工品質も厳重に管理されている。「いつになっても人が問題なのです。ですから建築委員と顧問の視察がこの部分を補っているのです。しかも、建築、構造、装飾など異なる専門の人が一緒に検査にあたっています」。
 
九二一震災の希望工程の時のように、減災希望工程チームは安全を最優先している。しかし、建物の設計について言えば、減災希望工程による校舎は、同じくグレーを基調としながらも、より躍動的な造形と色彩を用いている。それは、改築された校舎が生命を守ると同時に、使用者や地域社会に親しまれ、人文の効能を発揮させたいがためである。

(慈済月刊六三六期より)
NO.277