慈濟傳播人文志業基金會
視力を取り戻し、掛け替えのない宝を得る
インドネシア・パプア州での施療
 
パプア州では二百名以上の患者が慈済の施療を受け、白内障が治った。視力を取り戻した後、家族に頼る必要がなくなると共に職場にも復帰することができ、二百以上の家庭が幸せを取り戻した。
 
「白内障の手術を受けると目が牛の目に変えられると言う噂があるのですが、私は信じず、勇気を出して手術を受けました」と語るルーベンさんはトラックの運転手をしていました。視力がだんだん悪くなったため、農耕で生活しました。「手術が順調に行って本当に嬉しかったです。自分の目で前を見て進むことができます。視力を取り戻したのは掛け替えのない宝を得たことと同じです」とルーベンさんは微笑んで言いました。
 
二○一九年七月十九日から二十日まで、インドネシアの慈済ボランティアはパプア州(Papua)マノクワリ市(Manokwari)で二回目の施療を行いました。一回目の施療は二○一二年に行われ、その時も白内障、翼状片及び腫瘍摘出の手術を実施しました。今回はマノクワリ市の警察病院で行われ、二百五十九名の患者が恩恵を受けました。その中で二〇四人が白内障の手術を受けましたが、一部の患者は七年前に片方の手術を受け、今回もう片方の眼の治療を受けました。
 
●慈済はパプア州で白内障の施療を行い、ボランティアの彭瑞盛(左から1人目)とパプア州警察局局長のヘンリー(右から1人目)は、もう一度光りを取り戻した患者と喜びを分かち合った。

愛の表現

インドネシアの東部に位置するパプア州は金・銅・石炭・石油といった鉱物資源と林業資源が豊富で、多くの外資が進出して開発しています。採掘は環境を破壊し、森林を燃やし、住民の健康にも影響を与えています。特に経済的に貧しい地元住民は医療に掛かるのが困難です。パプア州ビアク市(Biak)にある慈済連絡所は慈善活動を推進して九年になりますが、連絡所の責任者である彭瑞盛はジャカルタの人医会チームにインドネシア東部で施療を行ってくれるようお願いしました。
 
今年の七月、慈済インドネシア支部は第百二十七回の大規模施療活動をパプア州で実施しましたが、丁度インドネシア警察部隊の設立七十三周年記念行事の時期でもあったため、この活動が成功するようにと多くの団体が協力してくれました。慈済インドネシア支部、西パプア郡警察署、西パプア地方自治体及び、マノクワリにある複数の保健センターなどです。彭瑞盛は「各方面からの大愛で、互いに分け隔てなく心を一つにすれば、世界をもっと美しくすることができるでしょう」と言いました。
 
施療に先立って、西パプア警察のヘンリー署長は、「パプア州での失明の最大の原因は白内障です。しかし、西パプアの白内障治療に関連した資源は非常に限られているため、多くの人は働くことができなくなり、家計と生活の質に影響が及んでいます」。
 
事前の共通検査で選別された二百人以上の患者は、次から次へと手術室に迎えられました。水晶体摘出と人工水晶体への入れ替え完了までたった十分間しか掛からなかったのです。患者の多くは市の中心部から遠く離れた山岳地帯に住み、彼らは希望のためにと治療を求めてでこぼこした道を頑張って越えて来た人たちでした。
 
彭瑞盛と夫人の鄒愛蓮師姉は患者のケアにあたり、皆に手術に対して自信を持つよう励ましました。「彼らは視力が極度に落ちているか、殆ど見えないので、家族が多くの時間を費やして面倒を見る必要があると同時に、患者も仕事をすることができないため、家族に頼るしかありません。手術をすることで、再び働き、他人に頼らなくても済むようにと願っているのです」と、彭瑞盛が話してくれました。
 

成功は目の前に

病院のベンチで、マーサバスナ(Martha Basna)は手を握りしめ、目を閉じて真剣に祈りました。「神に感謝します、全てはあなたの力によるものです」、と彼女は何回も繰り返し呟きました。看護師が彼女の左目の包帯を外した後、指を上げて視力のテストをしました。看護師が指さして後退すると、マーサの答える声はだんだん大きくなりました。「二、三、五…」看護師は微笑しました。つまり、マーサの手術は大成功だったのです。
 
高尿酸血症に苦しむ夫は働けず、マーサは一家の生計を一人で支えなければなりません。二年前、彼女の左目が見えなくなり、ぼやけた右目に頼るしかありませんでした。「多くの人が、『手術はしない方がいい。失敗したらどうする?』と言いました。しかし私は、神様の思し召しですから、手術は成功すると信じています、と答えました」とマーサは自信を持って言いました。
 
農夫にとって、視力は非常に重要であり、マーサの祈りがとうとう実現したのです!「私はキャベツ、バナナ、カラシナ、長豆などを栽培しています。視力が回復したことで、もっと畑で働き、市場で野菜を売ることも容易になりました。私たちを助けるためにジャカルタからパプア州に慈済のボランティアを遣わせてくれた神様に感謝したいと思います」。
 
●フィルモン(左から2人目)は、孫(左)と一緒に山を下り、手術を受け、簡単なテストにより視力を回復したことを確認し、明るさを取り戻した。
 
六十五歳のフィルモン(Firemon)と六十二歳のサブリナ(Subrina)の兄妹は加齢による白内障を患っています。彼らの大家族は肥沃な山岳地帯に住んでいますが、家族全員が農業で生活しています。バナナ、トウガラシ、トウモロコシ、里イモ、キャベツ等を栽培しています。自宅から眺めると、絵のように美しい見渡す限りの山林ですが、マノクワリ市まで車で四時間も掛かり、曲がりくねった険しい山道を通らなければなりません。
 
 サブリナは両眼とも白内障で、七年前に慈済の施療で右目を手術してからは自分で田畑を耕し、伝統工芸のバックを編むようになりました。今回は左目も手術を受けました。
 
 兄のフィルモンは以前は非常に陽気で勤勉な人でしたが、目が見えなくなったために家から出られず、入浴、着替え、食事などは家族が手伝っていました。その時から彼は寡黙になってしまい、孫は「視力を失ってからお爺さんは落ち込んで、仕事はできず、身の回りも他人任せで、聖書も読めない、と自責の念に駆られています」と言いました。手術して再び光を取り戻したフィルモンは陽気な性格に戻り、進んで隣の患者に挨拶していました。「ようやく畑に戻れるし、自分で教会に行くことができます。とても嬉しいです!」と言いました。
(慈済月刊六三五期より)
NO.279