慈濟傳播人文志業基金會
尽きない富
 
生活は貧しくても心は貧しくなく、富める者も豊かな心を持つ。心が均しく富んでいることが、真に人の平等と言える。

翻訳は本意から外れてはいけない

「仏が説法した時、その場で筆記した人はいません。仏が入滅した後、大勢の比丘が集まって経典を作りましたが、それも直ぐに仏法を翻訳してインド以外の国に流通させたわけではありません。仏法は初めは耳で聞いたことを口伝えした後、文字になりましたが、長い時間が掛かりました。現代の経文の一字一句が間違いのないものだと保障できるでしょうか?今、私が話した内容を直ぐに書き留め、整理して書籍にしても、書き方一つにも異なった方法があり、ましてや外国語に翻訳した時は違ってくるでしょう」。
 
十一月二日、ハワイの慈光師姐たちと翻訳について話した時、上人は、「私は他の言語は分からないため、書籍や録音による出版内容が精神の本意からかけ離れないよう念を推すしかありません。開示を整理したり翻訳する人が精神理念を理解していなければなりません。私が言おうとする意味を理解すると共に心を通わせ、以前の行動を知れば今後の方向が分かり、話す前から現在を理解し、それを未来に繋げることができるのです」と言われました。
 
「精神が偏っていなければ、世界の人に慈済の精神と方向を確実に理解してもらうことができます。これだけ多くの国の慈済人が心を一つに同じ法脈精神を持つことによって深い感動を与えているのです。これが翻訳の重点です」。
 
「ハワイの青年たちは慈済人であるかどうかに関わらず、意識の中には仏法が既に刻み込まれています。慈済がこの数十年間に歩んできたこの世の菩薩道を彼らは全て吸収しており、それを文字にしてお互いに討論し合っています。それは目と耳で触れた法が第六識に深く入り、第七識で思考していることを表しています。それを一歩踏み込んで体で実践できれば、仏法を第八識に持って行くことができるのです」。
 
 
上人によれば、慈光師姐は仏法を第八識に深く取り入れている菩薩の種子であり、翻訳する以外に、慈済のことはよく知らなくても、翻訳に興味のある人とも接触して、慈済に迎え入れると共に仏法を理解させているのです。先ず社会で大衆を統率して慈済の道を歩き易いようにすれば、菩薩道に合流します。
 
午後、アメリカの慈慧師姐たちと談話した時、この数十年来、慈済は「衆生の為」には少なからぬ奉仕をしてきたが、「仏教の為」においてはまだで、世界の大衆に仏教への正しい認識を広めていない、と上人は言いました。
 
シッダールタ太子はこの世に生まれ、世の病苦を目にしてから人生の道理を探求し始め、苦難を解脱する方法を見つけました。出家してから至る所を訪れ、様々な修行方法を見て、自身も苦行を行いました。最終的には苦行で解脱する道を修得することはできないと悟り、中道の道を選びました。人心の欲と執着心から離れますが、人道に背いた修行法は取り入れませんでした。生、老、病、死という自然の法則から逃れられなくても、精神的には気楽で自在になれるのです。生活が貧しい人でも心やすらかに楽しく人生を送り、裕福な人も心を豊かに持つことはできるのです。
 
「生活は貧しくても心は貧しくなく、富める者も豊かな心を持つことです。心が均等に豊かになることこそが、仏の言う真の平等なのです。物質的にどれほど豊かであっても長くは続きませんが、心の豊かさから培われる智慧は幾生にも渡って続く糧なのです。あなた方はとても幸福で、既に切り開かれた慈済の道を歩み、苦難に喘ぐ場所に行って奉仕しています。あなた方が心すれば、貧しい人を啓発することができ、彼らに尽きることのない心の豊かさをもたらすことができるのです」。
 
●国連関連チームの曾慈慧師姐はシエラレオネ共和国の住民が回収した布切れで作成したアフリカシャツを展示した。これは、慈善活動のパートナーの1つであるランイ基金会が現地で推し進めた活動の成果である。(11月2日)

人生で福と慧を積み重ねる

十一月三日、花蓮慈済病院の林欣榮院長と副院長ら及び各科の主任たちの引率の下に、百人近い職員が精舎に帰って「合心共通認識研修会」に参加しました。それぞれの部門が医療の質を向上させる目的で医療と慈済人文精神に関して感じたことを共有すると共に、辺境での弱者の世話に関した討論を行いました。
 
上人はこう言いました。「慈済病院は皆の家です。それは家業であって職業ではありません。医師や看護師は皆、立志して選択した道であり、同じような理念、即ち『愛』を携えているのです。愛で以て患者に接し、生命を守っています。医療人員が患者と接する時、互いの間に生命が交流し、心して当たる以外に少しでも多くの愛によるケアがあれば、医療の価値は違ったものになります」。
 
上人は皆が生命を大切にし、コミュニティーで奉仕していることを嬉しく思っており、これも福を造り、慧を増やすことに他なりません。慈済は各地のコミュニティーに長期ケア拠点を有しており、医療志業をより系統立てて地域で良能を発揮することができると同時に、慈済人と共にケア世帯の世話をすることもできるのです。
 
●花蓮慈済病院の管理者と職員、約百人が精舎に帰って合心共通認識研修会に参加し、医療の経験と慈済人文精神に関する感想を共有した。(11月3日)
 
「それぞれの役割で心を合わせて行動し、互いに感謝し合っていることを聞いて、とても満足していると共に感謝しています。新たに創設したり研究開発する部門は、方向性に間違いがなく、したいことを計画にして出してくれれば、いつでも応援します。時間が一切を成就するため、時間と縁を大切にして着実に実行することです。片足を前に出すことは福であり、愛で以てこの世に幸福をもたらします。そして、もう一方の足を踏み出すのが慧であり、智慧で以て真実の道を歩むのです。そうやって前進し続け、福と慧で歩きやすい広い道を切り開くことも人生で福と慧を累積させているのです」。
(慈済月刊六三八期より)
NO.279