慈濟傳播人文志業基金會
お婆ちゃんブラウスを着てリサイクル活動する
マレーシアの陳為さん
 
 
マレーシア全土では1万3千人の慈済リサイクルボランティアが
約千カ所のリサイクル拠点で回収資源の分類を地道に続けている。
皆、学歴や生活背景にとらわれず、無報酬で取り組んでいる。
奉仕の労力や苦労を語らず、大衆に物を大切にし、
大地を愛しむよう呼びかける。子孫代々に美しい地球を残したいだけなのである。
 
 
縁があってマレーシアから来た環境保全ボランティアに会うことができ、期待と喜びに溢れた。初めてセランゴール州ゴンバック県に住んでいる陳為お婆ちゃんに会った時、私たちに馴染み深い福建語で挨拶してくれ、いっそう親近感を感じた。お婆ちゃんは今年八十七歳で、腰は曲がり猫背だった。聞いてみると、四十六歳の時に交通事故に遭ったことが原因だそうだが、年を取るにつれて背骨の曲がり具合が目立つようになったとのこと。しかし、私たちを感動させたのは、それでも体の障害に愚痴をこぼしたことはなく、逆に、縁を逃さず奉仕し、毎日勤勉にリサイクル活動をして證厳法師の呼びかけに応じ、大地に尽くしている姿だった。
 
陳為お婆ちゃんはいつもお婆ちゃんブラウスを着ていて、品があって元気いっぱいである。彼女は、「全部自分で仕立てました」と自慢げに言った。お婆ちゃんにこんな才能があったとは思いもよらなかった。寸法を計って自分の服を作るだけでなく、猫背の形に沿って裁断して仕立てるとは、全く驚いた!感服して、お婆ちゃんと記念写真を撮ることにした。カメラの前に立ってにこにこしている姿はまるで私達に「体の欠陥は私を尻込みさせることなく、ちょっと仕立て直せば見栄えがよくなります。それに、このような猫背でも環境保全の仕事には差し支えることはありません」と言っているようだった。
 

母の教えを引き続く

陳為お婆ちゃんはミシンの前に座って両足でペダルを踏み、両手で布の端を合わせた。その時「ダダダ」というミシンの音が部屋の中にこだまし、私たちをタイムトンネルに引き入れてお婆ちゃんの子供時代に戻った気がした。
 
お婆ちゃんは小さい頃から、ミシンの側に立って母親の仕事する姿を見るのが好きで、そこから少しずつ裁縫の技を身につけたのだそうだ。十歳の頃、両親が野菜畑に出た時にこっそり服を縫って、家の家計の足しにした。
 
十三歳からあちこちでゴムの木からゴムを採取する仕事に就き、結婚後は六人の子供を儲けたが、思いも寄らず夫は家庭に責任を持たないばかりか、ギャンブル好きで、早くにこの世を去り、結果として彼女一人に家庭の重荷がのしかかった。お婆ちゃんは六人の子供を育てるために、人の家で掃除、炊事、洗濯をし、家に帰ってからも子供の世話だけでなく服を仕立てる仕事をした。家計を支えることは易しくなく、食費を切り詰めて節約し、自分や子供たちの服はいつも破れては縫い繕って着続けた。孫たちが幼い時に履いたズボンもお婆ちゃんが作ったもので、子供や孫はお婆ちゃんが大好きだ。
 
幼少から老年になるまで、母が身で以て教えてくれたことを引き継ぎ、前の世代の忍耐強い勤労精神を堅持している。目立った猫背は、まるで一生の重荷を背負っているかのようだが、今は苦しい日々を歩き終え、楽しい日々を送っているのだという。
 

強い意志でリサイクル活動に励む

「私の体は良くないように見えても、やる事は人よりも少なくありません」。陳為お婆ちゃんが長年心に貯めてきたことを話してくれる時、お年寄りの屈強な一面が伺い知れる。人生の殆どをあくせくして働いてきたが、不平を言わず、楽することもなく、歳をとってからリサイクル活動に参加するようになった。上人と共に地球を守りたいだけなのだ。
 
早朝、夜が明ける頃、陳為お婆ちゃんは大きな袋を持って家を出かけた。日々同じような「環境保全の道」である。大通りや路地を通り抜けるお婆ちゃんの後ろについて行くと、私たちからは猫背の姿しか見えない。九十度近く曲がった腰で歩いていても、息切れは聞こえず、そのスピードは何十歳も若い私たちと比べても全然見劣りしなかった。「今日は、回収するものはありますか?」、「このガラス瓶はまだ要りますか?」或いは「おばさん、何か持っていく物はありますか?」と道々福建語で住民に聞いて回る。回収物があってもなくても、にこにこしながら、英語で「Thank you. Thank you.」と言うのだ。お婆ちゃんは背筋を伸ばせなくても、体と心の障害を克服し、環境のために強い意志で進み続け、勇敢に前を向いて自分なりの環境保全の道を切り開いている。
 

簡単には諦めない

お婆ちゃんは一カ所の資源回収を終えると、次の所に行って回収する。どの家または何処に回収物があるかはよく知っている。彼女は何年もこの地域で活動しているので、中華系の人だけでなく、マレー人も回収に来る時間をよく知っている。皆、お婆ちゃんが来ると、整理した回収物を出してくれる。外出する時は決まった場所に置いておき、回収しやすいようにしている。
 
私たちは、彼女が手押し車も他の交通手段もないのに、あれほど重い回収物をどうやって運んでいるのか不思議に思った。そこで後に着いて行くことにした。驚いたことに、彼女は忍耐力と気力で何回かに分けて家まで運んでいたのだ。荷物が重い時は全身の力を振り絞って数メートルずつ運び、力を使い果たしてしまっても、少し休んでまた始める。あらゆる回収物を家まで運んでやっと一段落する。しかし、休むことなく整理を始め、回収に来る慈済ボランティアの手間が省けるように、汚れた物は洗ってから分別する。このことからお婆ちゃんの性格を伺い知ることができる。問題に遭遇しても簡単には諦めないのだ。その上、喜んで少しでも多くやり、他人に苦労をかけないのだ。
 

台湾とマレーシアのリサイクルボランティアは心が一つ

お婆ちゃんの訪問が終わった二日後、現地の慈済ボランティア・王國開師兄が私たちを見送ったが、お婆ちゃんはこっそりお金を王さんに渡していた。私たちが台湾から来ているのにおもてなしをしなかったので、王さんに頼んでお茶でも飲んでもらいたいと思ったのだそうだ。私たちを孫のように思ってくれる優しい気持に心から感謝した。「真心」が溢れてはにかんだお婆ちゃんの笑顔は優しく、そこに彼女の人間性が現れていた。子供たちに対してだけでなく、どんな人に対しても分け隔てなく親切なので、お婆ちゃんを好きにならない人はいない。
 
今回マレーシアのセランゴールに来て、親身な温かい人情を感じた。もしマレー語の看板を目にしたり、近くのモスクから伝わってくるお祈りの声を聞くことがなければ、異国に来ている感じはしなかっただろう。台湾と当地のリサイクルボランティアに違いはあるのだろうかと考えていたが、三千キロも離れた遠くの国でも、慈母の愛で以て環境を守っているボランティアが居ることが分かった。あまり人目に付かず、力に限りがあっても、日々たゆまぬ信念は同じで、私たちを感動させた。
(慈済月刊六三七期より)
 
NO.281