慈濟傳播人文志業基金會
貴重な「原種」が農民を元気付けた
殆どのラオス農民は良質の種もみを買う余裕はない。植え付けの時によく異なる品種が混ざるため、かえって収穫の質と量が低下する。慈済が贈った種もみは「原種」から栽培されており、稻作の生存率を向上させることができる。農民はその心遣いを大切にし、気候が不順な年でも水田が異なった姿を見せてくれることに期待している。
 
灼熱の太陽の下で曲がりくねった田んぼの小道を進む一行は、真っ赤な農業用車輛に揺られていた。両脇の田んぼでは数頭の牛がのんびりと乾いたわらを食べていた。本来なら黄金色に実った稲穂が垂れ、刈り取りを待っているはずなのだが、見渡す限りひび割れた田んぼだった。
 
チャンパサック省パックセ市農業庁の米加工工場で工場長のボウザバさんが田んぼの傍の木に残っていた水の跡を指して、三カ月前の八月末の水害でサナソンボウン県にあるこの村の水位が上昇し、二メートル近くになったことを説明した。
今回、慈済の配付地点に来て分かったのは、異なる地域の村でも田んぼの被害の深刻さはほぼ同じだという事だ。住民の生活は以前の静けさに戻ったが、家の壁にはかすかに水の跡が残っているのが分かった。通り過ぎて来た田んぼは百日が経っても依然として生気がなかった。
 
●慈済はラオスで評判の良いタサノ11号という品種を選んで農家に届けた。一粒一粒が大きく育った高品質の「原種」種籾である。

乾季はもっと乾燥し、豪雨はより激しくなっている。

ラオスは国土の八十パーセントが山と丘陵であり、北東から南西に向かって傾斜している。メコン川流域に沿って南部に下ると肥沃な平原に至る。そこはラオスの主要な農業地帯で、サワナケート省とチャンパーサック省が位置し、ラオスで二つしかない農業庁もそこにある。特に、サワナケート省は国の重要な米の生産地の一つで、年に二回収穫でき、米の品質は非常に良い。
 
ラオスの主な商品作物は「もち米」で、庶民の日々の食事を見ると分かる。調理方法は大同小異だが、異なる調味料を使用するので味にバリエーションがある。
 
ラオスの民家は竹の筒にもち米を入れ、ココナッツの粉または砂糖を加えて甘くする。これは地元の一般的なデザートであるが、時々屋台でも見かける。また、もち米を水に一時間浸し、柔らかくしてから二十分間蒸すとあっさりとした朝食ができあがる。ほかにも、もち米を小さく丸めて油で表面がサクサクになるまで炒めてから醤油または特製ソースにつける食べ方がある。
 
ラオスでは主に二期作が行われ、一期目は五月から六月までの雨期の初めに種籾を撒き、十一月から十二月にかけて収穫する。二期目は十二月から田を耕し始め、三月から四月にかけて稲刈りする。ちなみに耕作の順序は整地、育苗、田植え、そして刈り取りである。
 
農業庁に十四年間勤務していたボウザバさんは大学で農学を専攻し、卒業後に農業庁に入った。長い間種籾を扱ってきた彼は、今回の水害のもたらした影響を語りながらその眼差しにむなしさをにじませた。
 
「近年の雨季は降雨時間と降雨量が不安定で、時には何日も大雨が降り続いたかと思うと全く降らないこともあります」。以前は五月から十月までが雨季で、十一月から翌年の四月までが乾季だった。近年は世界的な異常気象の影響で、降雨量の変動が明らかに大きくなっている。しかも二○一九年の収穫前は、残念ながら熱帯サイクロンと低気圧による豪雨が水害をもたらし、米を順調に収穫することができなかった。
 
水に浸かった籾殻は動物の餌にしたり、焼いて肥料にする。田んぼの土は掘り起こしてから約一週間日光にさらし、下の土壌を殺菌すれば植え付けを続けることができる。ただし、殆どの人は雨季の自然の降水に頼って、年に一回の植え付け方法を採用している。
 
ボウザバさんによると、政府は一部の地域で用水路を建設しているが、それを利用するには、一期ごとに一ヘクタールあたりの水道料金と電気料金を納めなければならない。乾季に稲を植えれば、雨季よりも害虫の発生が少なく、自分で水の量を制御することで、より豊かで優れた品質にすることはできるが、殆どの農民は高い水路使用料を払う余裕がないため、乾季が到来するとやはり、家計を支えるために出稼ぎの仕事をするしかないのだ。
 
ラオス人の平均月給は百万から百五十万キープ(約一万三千から一万九千円)であり、田舎に行くほど少なくなる。近年、各種国内建設に伴い、物価は年々上昇しているが、給与だけが上っていない。二〇一九年は洪水のためにもち米の供給が減少したため、市場価格はそれに伴って上昇した。以前は一キロあたりわずか千七百から千九百キープ(約二十円)だったが、災害後、三千五百から四千キープと倍以上に値上がりし、被災者にとって弱り目に祟り目であった。
 
●ラオスは米が主食で、米屋にはニーズに合わせたさまざまな米が揃っている。ここでは竹筒もち米ご飯がよく見かけられる調理法で、煎餅のような「カオ・フ・サ」は農家が副業として出す屋台で売られるおやつである。人々は供養としてご飯に野菜とソースを載せたものを僧侶に捧げるが、ご飯は余れば、民衆が持ち帰ることができる。

四十一年前の悪夢の再現

被害が大きかったサワナケート省の田舎では水害が過ぎ去ったあとも依然、混乱していた。農民の悲しみや恐怖、怒りは、無念さと将来に対する不確実さが取って代った。
 
ソナボーリ県バンヴカ寺院近くに住んでいたラップさんは、洪水の日、急速に水嵩が増えてくる状況がありありと目に浮かぶという。特に、ラップさんの十歳の孫娘ナットちゃんは大人たちの「洪水」と言う言葉を聞くと、怯えた目をする。
 
「これほど深刻な水害は一九七八年以来で、その時私は十三歳でした」とラップさんは言った。当時の水嵩は約二メートルで、政府は片田舎に救援の船を派遣して、孤立した人々を避難所に連れて行った。四十一年後、再びこのような深刻な洪水が発生し、小さな子供たちにとっては最初の経験となった。ラップさんにとっては悪夢のような思い出が呼び覚まされた。
 
今回は同居していた兄と妹、そして五歳と十歳の孫を連れて山に逃げたため、洪水から難を逃れた。
 
「山から降りて来た後、田んぼが水浸しになっているのを見て、怒りがこみ上げてくるのと同時に悲しくなりました」。家の側にあるバスケットコート二十面ほどの広さの荒れた田んぼは全てラップさん家族の土地である。乾季の種まきが近づき、ここで地下水を汲み上げることができても、灌漑するのに十分な量はない。そして政府もまだこの地域に用水路を建設していない。ラップさんは雨季に種まきをしたいと考えていたので、慈済から高品質の種籾を受け取ったことで、「来年は豊作になりますように!」と期待に胸を膨らませていた。
 
彼女は、「原種」から育った種籾がどれほど貴重で強いかを知っているので、今後も続くであろう不順な天候に直面した時、今の水田から思いがけない光景が現れるかもしれないと期待している。
 
●米の加工工場で慈済が購入した種籾を手作業と機械で不純物を除去し(左下)、連日の梱包(上)を経てやっと被災地に届けることができる。農民は配付地点で慈済からの通知書に受付の印 (右下)を押してもらった後、白米と種籾を受け取ることができる。

原始的な農耕に改善の余地

慈済は被災者一世帯あたり二十キロの白米と三食の調理に必要な油、塩、砂糖を提供した。種まき用の種籾を選択する際に、慈済は特別に台湾の米専門家の洪再生氏をラオスに招いて支援してもらった。
 
何度もラオスを往復して現地市場と稲田の実地調査を経て、気候の影響とインフラの未整備のため、多くの農民が年に一度しか収穫を得ていないことを知った。「ラオスの農業の現状はまるで三、四十年前の台湾のようです。環境面、技術面または管理面において改善の余地が多く残っています。しかし、ラオスの土壌自体は確かに良い米を生産することができるものです」と洪氏は述べた。
 
現地の種籾の販売業者、農業庁、および種籾センターなどの専門家と討論した結果、最終的に慈済はラオスで非常に人気のあるタサノ十一号という品種を配付用の種籾に選んだ。もち米は白米のように外観の透明度で良し悪しを判断することはできず、形で見分けるしかない。タサノ十一号の種籾の形は丸くて大きく、住民に希望に満ちた活力をもたらすことが期待出来る。
 
ラオスの殆どの農家は良質の種籾を購入するのに十分な貯金を持っていない。さらに植え付けの際にさまざまな品種が混ざり合い、最終的に種籾の遺伝子が混ざってしまい、かえって生存率と品質を落としてしまっている。
 
今回配付された種籾の特色は「原種」から栽培されたことである。洪氏は次のように語った。原種は国際種子検査協会(ISTA)の定める検査規程「三段階増殖体系(原原種→原種→採種)」により検出された水稲の優れた品種だけが持つ遺伝的特性を備えている点で、成長してからの品質と生存率が相対的に高い。
 
●洪水が猛威を振るった後、稲は枯れてしまい、 被災農民は窮地に陥った。慈済の配付した高品質の種籾は収穫を増やし、被災者を悲しみの淵から這い上がらせるだろう。
 
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慈済は油、塩、砂糖を配付すると同時に、サワナケート省とチャンパーサック省の農業庁も慈済と歩調を合わせて、大至急種籾の蓄えを開始した。チャンパーサック省にある農業庁 米加工工場の工場長を務めるボウザバさんは、連日労働者を引率して選別と梱包作業を行なった。「これら高品質の種籾は生存率が九十五パーセントに達するので、本当に被災者を助けることができると信じています」と自信を持って言った。
 
加工工場では、作業員が先ず手作業で予備選別を行い、次に機械に入れてわらや枯れ枝などの不純物を取り除き、その後、脱穀機に通してから一袋二十キロに包装する。最後にそれぞれ配付地域に合わせた数量を発送する。
 
被害調査、準備、種籾の選別から大量の種籾を保管している大きな倉庫でそれを見つけること等、あらゆる作業で困難が待ち受けており、それを一つ一つ乗り越えて、やっと種籾を農民の手に届けることができるのである。この種籾は愛と善意を織り交ぜて生まれた品種だと言える。「善の種」は豊かに実った稲穂をもたらし、農民に明るい笑顔を取り戻してくれるだろう。(続く)
(慈済月刊六三八期より)
NO.281