慈濟傳播人文志業基金會
妙法が苦難を救う
皆さんの長い間に積み重ねてきた忍耐強い奉仕が
少しずつ大きな効果をもたらしています。
誰もが良い発願をし、心と力、願と福があれば、
成せないことは何もありません。
 
 
毎年の潅仏会は、慈済の一大行事ですが、今年は新型コロナウイルスによる感染症のため、人々は互いに距離を保ち、集会ができませんでした。しかし、敬虔な心は一層心温まるものになっています。
 
今年、三節一体の潅仏会の祝典は二つの会場で行われました。台北の臨済護国禪寺で仏教界の諸長老が民衆を率いて行われたことに感謝します。一方花蓮静思精舎では尼僧たちが行い、実況中継で世界同時に灌仏会が催されました。各国の支部や連絡所、自宅でコンピュータやケータイを使って、六十二の国と地域で延べ五十二万人がオンラインで参加しました。
 
フィリピンのオーモック大愛村では、ボランティアが三尊の瑠璃仏を借りて、三台の三輪車に安置し、政府に許可を得てから潅仏会の車で家々を回ることができました。人々は自宅に香炉とお供えの果物を用意し、仏の車が家に到着すると敬虔に礼拝しました。大愛村には一、五〇〇世帯余りが暮らしており、各世帯に僅かな時間止まっても、村全体を廻るのに三、四日はかかります。人々は皆、喜びを感じていました。
 
もっと感動したのは、一頭の牛が礼拝している光景でした。二〇一八年に李偉嵩居士が屠殺されようとしていた牛を買い取り、村民のウェシーに絶対に殺してはならず、世話するよう言って世話させました。ウェシーは自分の土地に牛小屋を建てて、毎日世話しました。去年の世界慈済日にその牛は、師匠に供養する大きな二房のバナナを背中に括り付け、ウェシーと共に「朝山」(注)に参加しました。
注:朝山拝礼、三歩毎に五体投地する礼拝方式。
 
今年、牛は背中にバナナを背負っていませんでしたが、潅仏会の車が家の前に来ると牛は前足を折り曲げて礼拝したのです。情け深い主人とその恩を知る牛を愛せずにはおられません。
 
平成二十五年、台風三十号(アジア名ハイエン)が過ぎた後、慈済がオーモック市に仮設住宅を建設したところ、村民が元どおり家を再建するのが困難だったため、大愛村を恒久住宅にしました。多くの人がボランティアになり、必要があればどこにでも出向いてお互いに助け合っています。
 
感染症のために外出禁止になり、農家は野菜を収穫しても市場で売ることができず、生計が成り立たなくなりました。慈済はそれを買い取って生活に困っている村人に届けました。大愛村で成長した子供たちは既に慈済青年になり、収穫を手伝っていました。世間に貧富の差はあっても、衆生は平等です。彼らの生活は豊かでなくても、心は愛に富み、安定した心で互いに助け合っており、仲睦まじい模範的な村になっています。
 
潅仏会は仏に甘茶をかけるだけではありません。人心には元より善念という仏性が備わっており、常時、心中の仏が清浄無垢の光りを発するようにしなければいけません。善良な生活に戻り、衆生を護る愛の心を啓発し、敬虔な心が諸仏に達するよう祈りましょう。
 
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新型コロナウイルスは計り知れない程微小で目に見えず、掴むことも出来ません。そして突然やってきて全世界を覆いつくし、如何に強力な国であっても克服するのは困難を極めています。この期間に人心はパニックに陥り、各国の医療従事者は緊急に防護物資を必要としています。鎖国と市街地封鎖で商工業活動が止まり、貧しい人々は職を失い、生活の危機に直面しています。
 
衆生に困難があれば、慈済人は直ちに関心を寄せます。たとえ行動が困難でも、精神理念は通じ、お金のある人は防疫物資を買い、体力のある人は米などの食糧や油を運びました。物資の提供だけでなく、生活が安定すれば、心も落ち着き、社会は安定します。「貧しい人を支える」というのはこういうことなのです。報告を聞くと簡単そうに聞こえますが、安全距離を保ったまま、相手に愛を感じさせるのは何重にも難しいのです。慈済人は忍びない心で以て、大愛を繋いで互いを伴侶とし、妙法を善用して各人が力を発揮することで、苦難の人に尽すと共に心から感謝しているのです。
 
この期間ずっと、世界の慈済人と視聴会議を続けており、何万キロと離れていてもネットを通じてお互いに顔を見ることも声を聞くこともでき、一緒に精進することもできます。科学技術にはそれなりの「神通力」があり、人には人の「心の力」があります。
 
その力は大きくなくても、堅い信念があり、同じ心、同じ精神理念、同じ方向に向かっているのです。心の力が揺るぎないものであれば、どれだけの時間が残っているかにかかわらず成就するでしょう。皆が一点一滴を積み重ね、長い時間をかけて奉仕すれば、願の力は目標を達成することができるでしょう。
 
永久に尽きない愛のエネルギーとは、千変万化の神通力のことではなく、精神の力である真の神通力であり、その行動と言葉は人々が感じ取れるものです。心と力、願と福があれば、成し遂げられないことは何もありません。皆さん、心して精進に励みましょう!
(慈済月刊六四三期より)
 
NO.283