慈濟傳播人文志業基金會
自分で理解する
 
人生はとかく善と悪の綱引きであるが、重要なのは自分の選択である。
 

精緻に現し、誠意を表現する

三月五日、上人は大愛テレビ局の演劇チームに次のように開示しました、「人生は芝居の如く、芝居は人生のようなものです。お芝居で慈済人としての人生ストーリーを演じてください。精緻にその人の人生の精華を表すと共に、チームが精一杯、人生の精華を誠意で以て視聴者に感じてもらわなければいけません」。
 
また、上人はこう注意を促しました、「大愛劇場の主人公が人生の半ばで道を見失ったドラマでは、気が立つと人と喧嘩したり罵ったりする悪い癖があって、よくない言動が出てきますが、怒り立って人を罵ったり、物を投げて壊すシーンを何日も続けて放映すれば、視聴者によくない手本を示すことになります」。
 
「一時の怒りもやがて収まり、冷静に考えて懺悔する時がやってきます。人生はとかく善悪の綱引きであり、過ちを犯した後は良心の呵責に苛まれますが、ただ、良知が出てきてもそれを十分に把握できていなかったり、再び悪因や悪縁が現れる前に直ちに自分を改めることができないために、繰り返し過ちを犯してしまうのです。『自分でも間違っていることに気づいていないため、そういう状況になった時、どうしようもなく迷った方向に行ってしまうのです』という話をよく聞きます。それが凡夫であり、繰り返し同じ道を歩んでしまうのです。間違っていると分かっていて、改めようとしても、また誘惑に負け、我慢できなくなって同じ過ちを犯すのです」。
 
「人は誰もが善良な本性を持っていますが、それぞれの習気が環境に左右され、触れたり、同類の人と交流し続けると、習気は深くなるばかりです。実は誰が誰の影響を受けたわけではなく、そういう環境に入ってそのような行動を起こすのは自分の選択なのです。もし善の環境に触れる縁ができれば、人の愛と善を見て感動し、自ずと心の中に潜在している善良な本性が触発され、考え方を変えるだけで改めることができるようになります。結局は自分で道理を知ることであり、誰それの影響ではないのです」。
 
「喜びを表わす時は大げさに表現する必要はなく、悲しい時も泣き叫ぶ必要はありません。全て現実的ではありません」と上人は言いました。現実の人生ではそれほど起伏の激しい感情はなく、平静で僅かな動作で以って考えていることを伝え、演じる人が役柄の心情を理解し、喜怒哀楽を適度に表せば、視聴者は共鳴するはずです。大愛劇場が人に感動を与え、視聴者を魅了してこそ、慈済人の人生ストーリーは人心の浄化という教育良能を発揮するのです。

なぜ菜食なのか?

静思書軒の子供ボランティア、劉惜寬が上人に菜食勧誘活動で感じたことを述べた。(3月14日)
三月十四日、宗教処の職員がアジアや欧米での感染症の状況と各地の慈済ボランティアによる防疫行動及び菜食の勧誘に関する心温まる話を報告しました。菜食の勧誘は肉食する人に対するもので、元々、菜食している人に勧めても、新たに菜食を始めることに何の役にも立たない、と上人は強調しました。ボランティアが苦労して呼びかけても、何日や一週間に一回とか一カ月に二日間だけ菜食するのでは実際、徒労と時間の浪費であり、菜食の勧誘の目的を果たしていません。
 
「私たちは菜食を呼びかける活動では、なぜ菜食なのかを人々に知ってもらわなければいけません。菜食する人口が増えれば、地球の環境汚染が減ることを明確な数値で表すのです。そして、『病は口から』ということを知ってもらい、今回の感染症を機会に警鐘を鳴らすのです。菜食は健康を守り、一回や二回または数日ではなく、永久に変えなければ意味はありません。こう言っても聞き入れてもらえないなら、逆に誤解が生じてしまうかもしれません」。
 
上人はこう言っています、「活動は単刀直入に重点的に話すべきで、菜食と感染症、菜食と環境保全、そして一番大事なのは菜食と人の心の関係を説明することです。人心の汚染は大地に及び、大気をも汚染しています。近年、私はいつも公に話します、「世界中の肉食の人に食べ物を供給するのに、一秒間にどれだけの命を殺す必要があると思いますか?世界七十七億人に食べ物を供給するには年間、どれだけの動物を飼育しなければならないのでしょうか?兆の位の数字になるでしょう。一兆以上の生命が人類の食の欲望のために飼育され、殺されているのです。それによって数え切れないほどの殺業が累積し、その業力が現れた時、逃げるしかありません」。
 
凌宛琪師姊が設計した「データで示す菜食の勧め」カードの絵は生き生きとしており、上人は彼女の心して描いた絵を称賛しました。「現象は心の現れです。誰も考えを変えようとせず、食べるばかりでは絶えず業を造り出し続けます。一日は八万六千四百秒ですから、一日に造られる業がどれほどになるのか?世界では一日に二億一千万もの生命が人類の食のために消えています。悪業は口に始まりますが、病も口から入ります」。
 
「今は活動が少なくなっており、心を鎮めて、外の環境と生態と人の心の持ち様がどう関係しているのか考えてみましょう。過去から現在に至るまで累積してきた間違った観念と行動が今のような状況をもたらしたのです。一人ひとりが懺悔すべきではないでしょうか。若い人が深く考え、毎日、ケータイやパソコンのネットを通じて友人に自分の気持ちや良い考えを伝えるのです。誰かが感動することは、人心を浄化する良能が発揮されたことであり、菜食や善の勧めはもっと速まり、効果を発揮できるでしょう」。
 
(慈済月刊六四二期より)
NO.283