慈濟傳播人文志業基金會
イギリス 会えない日々
外出自粛中なのに、以前よりもお互いの距離が近くなったように思える。手作りの布マスクを贈り物にすることで、住民同士の交流が増えた。私たちは、素晴らしいストーリーや美味しい料理を分かち合い、尊い命を守るため、共に菜食を呼びかけた。
 
私は、ロンドンから車で二時間ほど離れたイギリス中部ウスターシャー州にあるマルバーンという町に住んでいる。今年二月中旬、イギリス中部は二度も猛烈な暴風雨に見舞われた。私たちは被災状況の視察と共に、被災者を見舞った。その三週間後、急速な勢いで新型コロナウィルスがイギリス全土に蔓延し、暫くの間コミュニティ内の慈善活動に「ストップ」がかけられた。同時に、外出及び集団活動への自粛が呼びかけられた結果、水害支援も一段落を告げた。
 
スーパーの食品と日用品は、不安と恐怖にかられた人々によって一掃された。
 
三月十九日、私は大型ショッピングセンターで買い物をしていた際、普段ならこの時刻になると、学校帰りの子供連れの人をよく見かけたものだが、その日は数えるほど僅な年配客が諦めきった顔をして、売り切れて空になった保存食品・缶詰・冷凍食品の棚の間をうろうろしている姿を見かけただけだった。
 
三月二十三日午後八時半、ジョンソン英首相はロックダウンを宣言した。だが、それは商店の営業停止に限られ、スーパーマーケットで買い物をすることはでき、在宅勤務で外出を自粛したり、集会を控えたりすれば、人々の行動はまだかなり自由だった。しかし、ヨーロッパ人にマスク着用習慣がないことに懸念を抱かせた。
 
イギリスは、突然のウィルス到来に不意を突かれ、一部の学校では教員に感染者が出たにもかかわらず、政府は学級閉鎖に踏み切らなかった。そのうえ、学生の多くはマスクがなかったため、一層不安を掻き立てられた。アジア出身の学生が故郷の両親に助けを求め、その両親が慈済ボランティアに支援を求める例もあった。
 
私たちは、留学生の健康と学校生活状況に関心を寄せ、規定方法に沿って報告すると同時に、最前線で働いている医療スタッフも支援した。というのも医療スタッフは職場では医療用マスクが配布されるが、一旦家に帰れば、買物の際に着けるマスクすらないというのが現状だったからだ。
 
私は外出自粛期間を利用して、布マスク作りすることを決めた。生前、私の母は仕立屋だった。亡くなって二十二年になるが、母がくれた一番素晴らしい贈り物は裁縫の腕前だった。私はその職業を受け継ぐことはなかったが、母が残した切れ端を取り出しては手作りで贈り物を作っていた。願えば叶うもので、今回も良い縁に巡り合えた。二十二年間眠っていた接着芯は丁度、布マスクを作るのに適していた。それは医師や白衣の天使たちを励ますだけでなく、母の功徳を引き継いで衆生を利することができるのである。
 
●4枚重ねの手作りマスク。王素真さんは一度に大量の布をカットしては縫い合わせ、包装しては郵送したり、ご近所の人々が取りに来れるよう、ドアの外に置いておいたりした。(撮影・アンドリュー)
 
第一回目の布マスクの贈り物は、コミュニティに住む友人のお姉さんに送られた。彼女はフランスの病院で働いているが、病院にマスクがないため、本人だけでなく、家族も心配していたのだ。マスクを送ると同時に、コミュニティサークルのフェイスブックにもそのことをシェアし、コロナウィルスが蔓延する間、ヨーロッパの人々にマスク着用を呼びかけた。また、布マスクは何回も使用できることから環境保全に繋がるので、使い捨ての医療用マスクは最前線で働く医療スタッフのために残してあげるようメッセージを伝えた。
 
その結果、思いもよらず、コミュニティの住民たちが次々と布マスクを求め、百件近くもの注文を受けた。布マスクが届いた人たちも、喜ばしい評価や嬉しいコメントを残したり、進んで募金をしたりした。市議会議員でもあり、シルバー慈善機構で働くシャロンさんは、布マスクが届いたことに大喜びしただけでなく、添えてある「静思語カード」にも心を動かされ、すぐさま友人にこのことを伝えた。
 
もっと感動的なことは、この動きがバタフライ効果をもたらした。私は隣町のボランティアスタッフから電話で布マスクの作り方を請われたため、サンプルと作り方を届けた。その人はコミュニティでマスク作りを広めてお年寄りたちに提供すると言った。
 
介護師をしている友人に布マスクと医療用マスクを送ると、とても喜ばれた。数日後、その友人は症状が現れて恐怖に怯えていたが、家族四人にも互いに健康を守るよう、布マスクを送った。
 
感染症は一月からヨーロッパ全土に蔓延し、人々はやっと用心し始めた。大人数の集会活動は減り、正しい手洗い習慣も身に付いた。留学生を見守る中で、偶然に慈済青年や子供たちに巡り合うことができ、彼らを再びイギリス慈済と合流させることができた。慈済メンバーの寄り添いがあれば、もう寂しくない。
 
布マスクの製作はどんなに大変でも、一つ一つの過程は疎かにできず、忍耐が試されるが、大切なのは、使う人の安全と安心を届けることである。布マスクを通じて、コミュニティの住民とのふれあいが増えた。新しい友人と出会い、共に慈済や静思語を分かち合い、菜食で命を守ろうと呼びかけている。
 
台湾人の若者を世話する
 
文・彭以臻(イギリス慈済ボランティア) 訳・庄司惠子
 
台湾人留学生に贈る一回目の医療用マスクはあっという間に底をついた。それなのに彼らは、「緊急にマスクを必要としている人に先ずあげてください。私たちは外出しなければ、次に送ってくれるまで待てます」と言った。それを聞いて、わたしは心が痛むと同時に、感謝の気持ちでいっぱいになった。
 
感染症はアジアからヨーロッパに広がり、多くの国で感染者数がうなぎ上りとなった。イギリスはヨーロッパで留学生が一番多い国で、約四千人の台湾人留学生が五十三の大学で学んでいる。
 
一月二十四日、台湾は医療用マスクの輸出禁止令が公布された。それにより、家族が海外の子供たちにマスクを送ることができなくなった。多くの台湾人留学生はマスクが入手できず、中には劣悪なマスクや使用済みマスクを買わされた人もいて、不安と焦りを感じた。
 
三月十九日、私は駐英代表処に連絡し、留学生の現状を尋ねた。すると、留学生に提供できるほど多くのマスクはないと、やるせない答えが返ってきた。それを聞いて私は、この子たちは今正に助けが必要な時なのだと思った。マスクさえあれば、彼ら自身も台湾に住む家族も安心できるのである。そこでイギリス慈済ボランティアと共に方法を探して、先ず一、三五〇枚のマスクを入手し、感染隔離者と帰国予定者、病院に行かなければならない人、ハイリスクグループに贈った。
 
●ロンドンのボランティア彭以臻さんが、提供された台湾人学生リストと住所をもとに、自宅でマスクを包装し送付の準備をしていた。
 
幸いなことに駐英代表処教育関係者が、各大学の台湾人学生会会長に、私と連絡を取るようにという手紙を出してくれた。
 
初日から二十の大学から返事が届いた。手紙には、謝意と共にマスクの受け取り手順についての質問が書かれており、私は胸が締め付けられる思いがした。一刻も早くより多くのマスクを入手し、彼らの窮地を打破したいと思った。
 
一部の学生は、慈済が彼らにマスクを配送していると聞いて、心が落ち着き、感謝した。それに対して私たちも、「私たちは皆家族です。心配しないでください。苦境も必ず終わりが来るでしょう」と応えた。心を落ち着けることが感染症に対する最も良い心構えなのだ。
 
基準に合格したマスクを入手したくても、感染症が蔓延するイギリスではそれも困難だった。一回目のマスクはすぐに送り終えてしまったので、台湾人留学生たちは我慢強く、次のマスクを待ってくれた。彼らは私に、「私たちよりもマスクを必要としている人がいれば、先にあげてください。私たちは外出さえしなければ、あなた方のマスクが到着するまで待つことができます」と言った。これを聞いて、わたしは心が痛むと同時に、感謝の気持ちでいっぱいになった。今回のウイルス感染拡大の中で、「お互いの理解」こそが、最も貴重な助け合いだと知った。
(慈済月刊六四二期より)
NO.283