慈濟傳播人文志業基金會
オーストリア 厳しい規制で感染症に功を奏する
ロックダウンされたウィーンの街では、外出して散歩する際は一人で歩かなければならなくなり、大勢での集会には三千八百ユーロの罰金が科せられる一方、「覆面禁止法」が緩和されてマスク着用が許されるようになった。様々な規制が明らかに感染拡大に功を奏している。
 
新型コロナウィルスの感染症は全世界に大きな打撃を与えた。オーストリアは八百万ほどの人口にもかかわらず、隣国イタリアの高感染者数、高致死率の影響を受け、一万四千人を超す感染者が出た。三月中旬、政府は、銀行・薬局・郵便局・スーパーやコンビニを除き、商店・レストラン・コーヒーショップなどの営業を一律休業にする規定を設けた。住民はできる限り外出を自粛し、散歩は一人でするように制限され、二人であれば家族である証明書類を持参しなければならず、そうしなければ、二千一百八十ユーロ(約二十五万二千六百円)の罰金が科せられ、大勢での集会には、三千八百ユーロ(約四十四万円)の罰金が科せられる。厳しい規制の下のロックダウンの三週目、感染拡大が緩やかになってきた。
 
オーストリアの感染防止対策は他のヨーロッパ諸国に先駆け、国境の封鎖、イタリアへ入国する列車の運行停止・交通規制・外出禁止などが行われた。残念なことは「覆面禁止法」というオーストリアの法律規制で、公共の場所では正当な理由なくして顔を隠すマスクを着用して警察に見つかると、一五〇ユーロ(約一万八千円)の罰金が科せられる。病気が理由でマスクを着用する場合、医師の証明書を持ち歩かなければならない。
 
ヨーロッパ人はマスク着用の習慣がないため、感染症のピーク時でも、街やスーパーなどでマスクを着用する人は数えるほどしかいなかった。私たち華人は皆マスクを用意していたが、初めの頃はマスクを着用する勇気がなかった。ロックダウンが施行されると、やっとマスクを着けるようになった。オーストリア当局も、三月末よりマスクを着用するよう住民に呼びかけ始めた。
 
誰もが自宅待機している間、私は丁度引っ越しの最中で、毎日の外出を余儀なくされ、人に遭遇することが多かった。他者との距離は一・五メートルと規定されているが、やはり心中ではひどく心配だった。更に困ったのは、感染症で都市がロックダウンされ、引っ越し業者が見つからなかったため、レンタカーを借りて、自分でゆっくり運ぶしかなかったことだ。
 
●オーストリアでの新型コロナウィルス感染者は1万4千人を超えた。一年を通して観光客で溢れかえるウィーンだが、4月はゴーストタウンと化してしまった。
周囲の友人は一月にはマスクを購入し始めた。だが当時の私はというと、それほど積極的ではなかったが、台湾で感染者が出たのでマスクを購入するために人々が行列を作っているという報道を見て、ようやくマスクを購入し始めた。台湾の家族と心が繋がっていたのか、私は毎日外に出て、薬局を探しては、マスクを購入した。だがどんなに薬局を回っても、一枚も買えないことも多かった。
 
ある日、地下鉄の駅を出ると、家庭用品を販売する店が目に入り、「ついにマスクを見つけた!」と、小躍りした。その時、花蓮静思精舎の師匠や、慈済基金会宗教処のスタッフたちを思い出した。脳裏には、證厳法師の「行動すればそれで良い」という言葉が思い浮かび、即座にマスクを精舎に送付したいという思いにかられた。友人三人と二人の師姐のおかげで千枚のマスクが入手でき、無事台湾に送ることができた。
 
二月末、病院で血液検査を終え、家路に向かうために車を待っていた時、近くに一軒の薬局を見かけた。店に入ると、薬局のスタッフが二種類の高性能マスクを見せてくれた。私はそのうちの一つを選ぶと、薬局スタッフはいくつ買うのかと尋ねた。値段が高いマスクだから、三十枚もあればいいと考えた。ところが、スタッフは安くすると言い出し、電卓を取り出すと本当に安い値段を見せてくれた。思いがけない幸運に出会い、私はさらに三十枚追加し、合計六十枚購入した。
 
ヨーロッパで人生の半分を過ごしてきたが、商店で値段の交渉をしたことは一度もなかった。思いも寄らず、その薬局は自分から値引きを申し出てくれたのだ。二日後、ある友人が、いくら薬局を回ってもマスクが買えなかったと言ったので、私は彼女を連れ、わざわざ街を出て、マスクを購入しにあの薬局へ行った。奇遇なことに、一昨日と同じスタッフがいて、段ボール箱を取り出し、「これだけしか残っていませんが、全部買われますか」と聞いてきた。ところが値上がりしてしまっていたので、私は一昨日のレシートを見せると、仕方なさそうにその値段で譲ってくれ、その場で百二十枚を購入した。
 
その後、ウィルスの感染が拡大すると、私はSNSで「マスクが必要であれば、わたしに連絡してください」というメッセージを発信した。それがきっかけで、多くの人がマスクを備蓄していないことがわかった。そこで私は、一つ一つマスクを送った。町の診療所にも送った。マスクを受け取ることができて感謝する人の様子を知って、私はこの上ない喜びを感じた。正に「与えることは、与えられるよりも福がある」という体験をした。静思語に曰く、「人生が他人に必要とされ、能力を他人のために奉仕できるのは、最も幸福な人生である」、「真の喜びとは執着をなくした清らかさと安らぎ、喜びである」。
(慈済月刊六四二期より)
NO.283