慈濟傳播人文志業基金會
人心の向うところ
文‧
 
善と悪が綱引きし、
悪が善に勝った時、
この世は終わる!
 

リサイクル活動は非常に有益

 
中部地区のリサイクルボランティアと生活ボランティア二千人が台中静思堂に集まり、歳末祝福式典に参加した。その時、證厳法師は今年のテーマ、「共に大愛で衆生に付き添い、あらゆる行動で地球を守ろう」に触れた。それはすなわち、人には愛があり、世の中には愛があることを互いに訴え合おうというものだ。もし、他人に対して冷淡で自分勝手であれば、互いに傷つき合い、この世も傷つくのである。
 
地球の温暖化は進んでおり、すでに「熱を出している」状態である。地球を健康にしたいなら、各個人が生活を見直し、節約する心で物を大切にし、省エネを心がけて二酸化炭素の排出を減らすことから始めなければならない。「地球を尊重して大自然を愛せば、大量のゴミを作り出したり、大気や土地を汚染することはありません。一人ひとりがリサイクル活動に専念すれば、物の寿命を延ばすことができるのです」と法師が言った。
 
リサイクルボランティアは日々、資源の回収と整理に励み、大愛感恩科技公司が新たに質の高い繊維製品を作り出していることは、回収した資源から再製する模範であり、全世界でその流れを重視し、着実に回収資源を再利用することに期待が寄せられている。資源の開発と石油化学工業の分野の製造を減らして地球に休息を取らせ、元気を取り戻させるべきである。
 
「再製毛布は慈済ボランティアの災害支援と貧困救済の足並みに伴って、数多くの国で苦難に喘ぐ人々の心身を温めており、リサイクルボランティアの愛は世界中に広まっています。心と頭を使って行動すれば、環境に優しく、自分も健康になるのです。リサイクル活動に専念すれば、煩悩も雑念もなくなり、手先が器用になります。これもリサイクル活動の効用です」と法師が言った。
 
また、「リサイクル活動は頭脳にも体にも良く、その上、苦難を助ける善行をしているのです。皆が仏法の道理を理解して心に刻み込んでいることを願っています。『福は実践する中で喜びを感じ、智慧は善に解釈して自在になることから得られる』のです。善行は福をもたらし、智慧を成長させます。人と良縁を結べば、人生は喜びに満ち、心は自在になれます」とも言った。
 
 

人災が起きれば、皆が負け

 
中部地区のメディア関係者との座談会で、大愛テレビ局の葉樹姍局長はこの世での善と悪の綱引きについて語り、メディアの重要性を訴えた。「法師によると、善と悪の綱引きはいとも簡単に勝ち負けが着くのです。というのは、大衆は衝撃的な言葉を好み、悪はいつも善よりも一歩先に進んでいるのです。しかし、一見、悪が善に勝っているように見えても、世の中を味方にはつけていません。溢れんばかりのニュースがあっても、いつまでも人の心に残るようなプラスの情報はなかなか広まらないのです」
 
「地水火風の四元素に関係する自然災害は、実は人間の欲望に起因しており、長い年月を経て災害に発展するのです。戦争による人災は、少数の人の偏った心に始まり、勝ち負けを競うものです。戦争が長い間終息しなければ、世界中の難民問題は解決できません。戦争の結果がどうであれ、誰もが負けであり、勝つ人はいないのです」
 
人間性を醜く表現すれば、簡単に人心を平静でないものにしてしまう。真善美の歴史を残し、台湾の美を見てもらうことが大切である。法師はメディア関係者がもっと慈済の活動に参加して、この世で苦難に喘ぐ人たちのために愛のエネルギーを発揮すると同時に、世の人に「真実を正しく報道する」ことを望んでいる。
 

正法を聞き、体で実践する

 
こんな仏教の物語がある。阿難尊者が百二十歳の時、「人生百歳になっても水に親しんでいる鶴を見かけなければ、一日の人生でそれを見る人に及ばない」と若い修行者が詠んでいるのを耳にし、阿難尊者はその修行者に間違っていると伝えた。「人生百歳になっても生と滅を理解していなければ、一日の命でそれを理解する人よりも劣る」
 
修行者は尊者のその話を師匠に話した。「阿難は年寄りだ。そういう話は信じない方がいい」と師匠が言った。阿難尊者は仏法の伝承がこれほどにも難しいことを目の当たりにし、溜息をついた。
 
人文広報ボランティアにその物語を話した法師は、「わずかな誤差で千里を失うのです。仏法を正しくこの世で伝承させる最も良い方法は、心して聞き、体で実践することです」と言った。
 
法師は慈済人文メディアの同僚たちが「知識を勝手に理解して報道する」よりも「体得したことを報道する」ことを望んでいる。「それは耳で聞いてから自分の考えに基づいて判断しているため、正確だとは言えないのです。しかし、実際に自分で体得したことは深く理解できるため、それを完璧に言い伝えることができるのです」
 
「知識には誤差があり、自分で障害を作ってしまいますが、智慧は清らかで心が大きく開かれ、何の障害もありません。仏法を聞くのは智慧を大きく成長させるためであり、学問として勉強するのではありません」
 
皆が真面目に仏法を聞いて、それを伝承し、同じ道を歩む者同士が学んだことを討論し合ったり、仮に間違って理解しても互いに修正し合うよう、法師は常々言っている。また、「もし、それでも疑問が残った場合は、機会を見つけて常住師匠や修行者に訊ねたり、花蓮に戻った時に教えを請うことです。自分の見方に捕われて意見が纏まらず、ますます逸れた形で仏法の伝承をしていてはいけません」と言っている。
(慈済月刊六一七期より)
No.258