慈濟傳播人文志業基金會
ベストパートナーのジョセ
「あとどのくらい待つのか?」とお婆ちゃんが何度も席を立ってきいた。
お婆ちゃんの手を握ると、ジョセはすぐに私のために通訳してくれた。
 
通訳ボランティアのジョセはワザラ市の高校一年生だ。物資配付の前日、翌日の仕事の内容を訊ねるために同級生と一緒にやってきた。他の同級生が話を聞いて帰ったあとも、彼は居残って、会場の配置を手伝った。
 
彼は翌日最初に会場に到着した現地のボランティアだった。配付前の何分か前に、彼は「わあ、人が大勢来た!この村でこんな大勢の人が集まったのは初めてだ」と驚きの声を上げた。
 
最初の配付のときに、薄着のお婆ちゃんが杖をついて、黒いバッグを手にゆっくりと会場に入ってきた。実際には、お婆ちゃんは二番目の配付対象だった。
 
被災した家庭はほとんどが年寄りの農民だ。彼らは物質だけではなく、愛と寄り添いを通じて、災難後の再建に直面する勇気も受け取っていた。
 
ジョセはお婆ちゃんに座ってもらったが、二回も席から立って、「あとどのくらい待つの」ときいた。彼女は後ろにいるお爺さんを指さして、「乗せてもらってきたの。彼はもう帰るから、私ももう帰らないと」と言い、「あとどのぐらい待つの?」とまたきいた。
 
我々も焦ってきたが、配付活動が順調に運ぶためには待つことは必要だった。ジョセに頼んで、お婆ちゃんのことをきいた。誰と住んでいるのときいた。
 
お婆ちゃんはやや不機嫌に、ここ二十年は一人で住んでいたが、家は焼けてしまったので、警察に救出されたこと、お婆ちゃんを乗せてきたお爺さんの家も焼けたことも教えてくれた。
 
●ワゼラ市政府の協力により、現地の英語が堪能な中学生達に通訳をしてもらい、年長者を会場まで支えて入場した。
 
私は本能的にお婆ちゃんの手をきつく握りしめて、ジョセの通訳を通じて、お婆ちゃんが一人ではないこと、全世界の慈済のメンバーが関心と愛を届けに来たことを伝えた。お婆ちゃんの目が二回ほど回って、唇を噛み、涙を堪えていたが、徐々に心が落ち着いてきたようだった。
 
彼女はジョセに、「貴方のことも貴方の叔父さんのことも知っているわ」と言った。十六歳のジョセは不思議そうにお婆ちゃんを見つめ、お婆ちゃんが語る田舎の話に耳を傾けた
 
ジョセの通訳で、お婆ちゃんは八十二年前の今日に生まれたことを聞いて、その話を再確認した。「本当に今日はお婆ちゃんの誕生日?」。それを確認したお婆ちゃんに、我々は一斉に、「お誕生日おめでとう」とお祝いの言葉をかけた。お婆ちゃんはずっと私の手をにぎり、我々の平安を祝福してくれた。
 
ボランティアの皆が、お婆ちゃんが物資をもらって早く帰れるように資料の記入を手伝った。その十分後、お婆ちゃんはまた現場に戻ってきて、ドアの前に立っていたボランティアを一人ひとり抱きしめ、キスをしたり、感謝の言葉を何度も言った。
 
このことはジョセを感動させた。彼は情熱的に同じ田舎の年長者達に挨拶をしたり、近所の人々に会釈したり、自分が田舎のために何か役に立てるのだということを実行できたのだった。
 
No.258