慈濟傳播人文志業基金會
怒りが寬容に変わる
刑務所で『慈済月刊』を読む
仏法をよく学び、心に染みわたらせ、しっかりと実行する!
 
昔、私は喧嘩早い人間だった。
だが、今の私は自分の人生ドラマを書き直していた。
心に愛と感謝の気持ちが満ちてさえいれば、
ポジティブなエネルギ―を伝えられると信じている。
 
刑務所に収監されてすでに九年あまりが経った。今年の三月、同級生の勧めで「慈済月刊」を読みはじめ、その後毎月読み続けている。半年が過ぎた今、元の自分からかなり変わったことに気がついた。
 
この変化の根源は心にある。心をこめた愛と、感謝の気持ちさえあれば、自分の生命がシンプルで、安らかになるのを感じる。私は、他人との付き合いの中で、己の仕草を細やかに改めているのを観察し、心の奥底から他人を敬う気持ちを起こしてきた。刑務所で目上の人達に出合った時、これまで彼らがこの社会に奉仕してきたことに思い当たって、心の内に感謝の気持ちがあふれてきた。私も、両親や目上の人達の辛さを感じようと試みてきた。この世でもし彼らがなければ、私も存在できなかったはずだ。私も彼らと交流する態度を改めなければならない。
 
 
昔、私は誰かに批判されるといつも不機嫌になり、憎まれ口を叩いて友達に不満をぶつけたあげく、却って事態を複雑にしてしまっていた。「慈済月刊」を読むようになってからは、しっかり己の役割を演じ、他人の言動に心を動かされないように遮断し、自分の心を平静に保つことなどを身につけてきた。静かにお互いの状況を思いやり、乱してはならないのである。
 
心のこもった感謝の気持ちで、天地の間である細やかな愛を感じられるにちがいない。この愛は、怒りを持っている人の心を静め、相手に影響を受けて暴走しないようにする。瞬きする間に内心のエネルギ―で怒りを寬容に変え、清らかな心境で、相手を赦せば、心の奴隷となることなく、心が自在になる。
 
人生のステ―ジで、どのようなシーンが繰り広げられるかは、すべて自分次第だ。愛は人から受けるものではなく、自分の心の内にあるもので、ポジティブなエネルギ―を与えてくれるものだ。この愛によって、大事も小事に、小事も無事に済むのである。昔の私は喧嘩早い人間だった。しかし、今の私は、しなやかな自分を演じることができる。自分の人生ドラマを書き直し、自分の世界を造り出すことができる。
 
人生のすべてが順調に進んでほしいと願わない人はいない。今の私は、まぎれもなく、愛と感謝の気持ちで満ちている。「慈済月刊」を読むことができるおかげで、菩薩の慈悲深さが私の内心にも染み渡るという貴重な体験ができた。自分はもとより、高いものを目指して努力するあらゆる友と共に、「慈済月刊」を読むよう、呼びかけていきたい。そしてその幸せを分かち合いたいと心から願っている。
(慈済月刊六一二期より)
No.262