慈濟傳播人文志業基金會
長寿の時代  どう年をとればいいか?
ーーーー寿量宝蔵に貯蓄する
 
長生きは当たり前となった今、
医療と経済の面での長期介護に関心が集まっている。
高齢者、目の前に老いが迫っている人、また将来を見据えて、
どんな心構えで人生を迎え、心を落ち着かせたらよいのか。
誰もが避けられない課題である。
 

「歳を取ったら年相応にしなければね!」

 
今年百歳になった蔡寛さんにインタビューをした時、髪を染めることについて話題になった。蔡さんは以前、白髪交じりを年寄りくさいと気にし、定期的に黒く髪を染めて、若々しく元気に見せていたが、五十歳からこのような「若返り」のための行動をやめた。自然の法則は拒めないのだから、若作りまでして実際の姿と異なる細工はしたくないと考えたのである。お年寄りにはそれなりの自分らしい外見や雰囲気、楽しみと悲しみがあるのだ。
 
台湾の内務省の統計によると、今年四月に台湾は「高齢化社会」に入り、七人に一人が高齢者となった。国民の平均年齢も年々延びており、二○六一年には現在より四~五歳長くなり、女性の寿命は八十七・五五歳に延びると予想されている。
 
長生きは普遍的な現象だが、「老」は常に恐ろしい姿で現れる。「老」といえば、まず心配なのは病気によって身体的な自立能力が失われることだ。生理機能が衰え、社会との繋がりが希薄になることによって、うつ病などの心理的な病気を患う危険がある。生活の変化に適応できずに自殺することも多く、それで自殺率が他の年齢より高い。
 
スイスの心理学者、ユングが一九三○年代に指摘していたように、過去の青春時代に執着すれば、心は常に恐怖に覆われ、安住することはできなくなり、人間の晩年の心理の成長を抑えてしまう。
 
年を取り、引退すれば、家庭での責任は一段落する。社会で働かなくなった後、人生には大事な何かが残されているのだろうか。この長寿の時代に、どんな年寄りになりたいのか。長い高齢時代に入って、何のために生きていくのか。
 
●嘉義の郊外にある地域長期介護の拠点に、1人の年長者がドアの傍でのんびりと座っている。

老いたら周囲に

ありのままの自分を見せる

 
百歳になった蔡寛さんにとって、老後の生活の意義は試行錯誤して見つけたものだ。退職した当初、老後どんな生活をしていくのか計画していなかった。当時社会が抱いていたお年寄りへのイメージのように、楽しい老後を過ごすだろうと思っていた。
 
時代の流れの中で家計を担う職業婦人だったが、宗教に対しては自分なりの考えを持っていたという。ある機会に慈済を知り、静思精舎の尼僧達が自力で慈善事業を行っていることを知った時、助産士をしていた頃に人を助けたいと思っていたが、生活のためにそれができなかった気持ちが蘇ったのだという。「ボランティア」は老後の日常となった。「年寄りは用なし」とする社会的観念に疑念を抱き、励ましを受け、前向きに進んでいる。
 
「年を取ったら、家から出て人に会いに行く!」。蔡寛さんは證厳法師の期待と励ましに応えるように、積極的にボランティア活動に参加し、その精力的な行動は若いボランティア達にも劣らないほどだ。
 
我々取材班は、蔡さんの貧困家庭への訪問ケアに同行した。蔡さんの相手に対するふるまいや話に、特別なものはないが、蔡さんはその目の輝きと微笑み、労わりの言葉で、相手の心の扉を開くことができる。相手は生活の状況を蔡さんに話し続けるうちに、顔の皺も徐々に柔らかくなっていった。蔡さんがケア対象者の望みに応えて、体が不自由な息子さんを訪ねたとき、家族全員が大喜びで、百歳の長者の励ましを無上の祝福と感じていた。
 
●面白いことを言って笑った時に、蔡さんは口元にそっと手をあてて隠した。その仕草には、年を重ねて快活な中にも、内面の奥ゆかしさが垣間見えた。
 
「年を取ったら人に会いに行く」ということは、人生経験を分かち合うためだけでなく、人生の経歴と熟した智慧を生かすことでもある。まるで幼い子供がお婆ちゃんの腕の中で休み、外の世界の悲しみも恐怖も知らずに微笑みを浮かべて安らかに眠っているようだった。
 

高齢期は経験が豊かな時期

 
 證厳法師が今年の初めに提案された「寿量宝蔵」のお考えは、年長者達に自分の年齢のうち五十歳の年齢を貯金し、年齢の制限を受けずに、若い気持ちで生命の良能を積極的に発揮させることを薦めるものだ。
 
今期のテーマ報道の中にある記者のインタビュー記事が、信念の力を証明しているといえよう。長年医療人文に注目しつづけてきた頼其萬医師は、患者と十年間付き添った父親の歳月を通して、「心の態度」が年長者にとって大変重要だと悟ったと語っている。
 
各方面の「以前より劣っている」退化現象に直面して、様々な「喪失」から「諦め」という消極的な気持ちが生じた時、人間は一晩で老いてしまうか、または、生き続ける意思を失くしてしまう。だから老化の状態を定義するのは、年齢ではなく、老いに対する心の態度だ。
 
長期に地域の認知症介護に力を入れている大林慈済病院の曾汶龍医師は、高齢者は青年や中年層のような体力は持っていないが、人生で累積されてきた智慧を有していると話す。適切に打ち込めることを見つけることが大切だという。積極的だった青年時代を思い出し、中年層の智慧を自分を推し進める力にすれば、老年で挫折に遭遇しても負けないだろう。
 
人間は最終的には死に直面する。医療や経済などの外在物質や介護という課題を議論するほかにも、これからの時代、超高齢者になる一人一人の個人が、如何に自分を落ち着かせ、円満にこの生を終えるかということが、避けては通れない必然的な生命の課題である。
 

高齢社会に突入する

●台湾では7人に1人が高齢者となる。
●台湾人の平均寿命は80歳で、
   男性は平均76・8歳、女性は平均83・4歳である。
●平均して一人が受ける長期介護期間は約7・3年。
●これに反し一世帯の人口は2・77人に下がっており、
   家庭内の介護者はますます減少する傾向にある。
 
(慈済月刊六二一期より)

 

No.262