慈濟傳播人文志業基金會
一念は一粒の種子

一念は一粒の種子:
正念は良縁を結び、良い果報をもたらすと共に無量の善の種子を作り出す。
 

目出度い月に感謝の心を持つ

 
韓国第二十二回万海大賞の授与式典が韓国江原道で行われ、上人が今年の「万海平和賞」の受賞者に選ばれた。万海平和大賞は韓国の「小ノーベル賞」と称され、毎年、全世界から良い影響力を持つ人物を選出している。
 
上人はボランティア朝会でその賞を獲得したことに触れ、感謝と慚愧が入り混じった気持ちだと言った。そして、その賞は個人ではなく、全世界の慈済人が共に獲得した栄誉であり、韓国の慈済に対する愛護と励ましであると語った。
 
上人は慈済人と共に、「国際的な賞を獲得したことは慈済がこの半世紀、歩んできた方向が正しかったことを意味しています。誰もが無私の大愛を着実に台湾から世界に広め、平和な世の中と平穏な社会だけを望んでいるのです。従って、もっと努力して道を切り開き、誰もがその大道を歩めるように歩みやすいものにしなければなりません」と激励した。
 
 
「感謝すべきことも、また、苦難も多いのですが、誰もが自分を戒めて敬虔になるよう呼びかけなければなりません。旧暦七月は『めでたい親孝行の月』であり、大衆の修行に成果が現れたことを見て取った仏陀が喜んだめでたい吉祥月なのです。また、大衆が自分の人生を振り返り、両親や先輩の養育に対する恩に感謝する孝行の月でもあります。そして、もっと感謝すべきは、大自然がもたらした資源と人々のさまざまな努力によって、私たちは何不足ない生活ができることです。真心から感謝するのであれば、その生命を善用し、世の衆生のために奉仕すべきです」と上人が言った。
 

吉祥月の迷信を打ち破る

 
基金会の各主任が志業事務を報告した時、上人は台湾全土で慈済ボランティアが八百十回の七月吉祥親孝行祝福会を行っていることに触れ、人々の迷信を打ち破り、正信と正念を持つよう呼びかけることに期待した。
 
「旧暦七月の普度の機会に、大衆に斎戒して菜食することで慈悲心を啓発し、殺生を止めて生命を大切にすることを呼びかけるのです。これは一年に一度行うのではなく、毎日、常に正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定を持たなければいけません」と上人が言った。
 
上人によれば、心に現れた一念が一粒の種子である。その念が正であれば、それは良い種子であり、各方面から良縁が集まって良い果報をもたらすことができ、さらに無数の良い種子を作り出してくれるのである。
 
 
また上人は、「仏法教育を受けることとは、仏法を聞き入れ、思考し、行動することであり、現代の世にあったように説法と伝法、実践することが大事なのです。毎年催される旧暦七月の祝福会が演劇という方便法を使って衆生を仏門に招き入れるにしても、現実的な事象と関連づけ、『衆生を普度する』意義を人々に理解してもらうのです。細心に方法を考え、大衆を一歩ずつ仏法を理解するよう導くことが大切で、活動に参加してもらうだけで、その後、何もしないのはいけません」と言った。
 
「大型の経典劇に参加した人の数は非常に多く、皆、『感動した』と言っています。一時の感動は水面に一滴の水が落ちてさざ波が広がるようなもので、すぐに静かになってしまいます。大切なのは、欲と共に追求する一切の事柄が夢や幻の泡のように一時的な虚像でしかなく、瞬時に消えてなくなり、無常そのものだということを知ってもらうのです。誰もが無常と真理を見てもらい、欲に釣られて業を作らないようにさせることなのです」
 
「各地で吉祥月祝福会を催していますが、それは行事だけのために催したり、人々がにぎやかなお祭りを見に来るような気持ちで参加して、環境を汚染するようなことがあってはいけません。細心の計画を立てて大衆を導き、菜食が心と体、そして地球の環境保全になることを理解してもらうのです。誰もが清らかな心身で参加し、生活に密着した仏法に出会い、清らかで無垢な大愛を啓発して初めて、祝福会を催した目的が達成されるのです」
 
また、上人は参加した各志業の幹部たちに、「心の大地は自分で耕さなくてはならず、もし、荒れたまま放置すれば、他人には道理ばかり話して自分は実践しなくなります。それでは慧命はもはや成長せず、人を導くこともできません。誰もが縁を無駄にせず、心して精進することを願っています」と開示した。
(慈済月刊六二三期より)
No.264