三年前、全世界の慈済ボランティアはハリケーン・サンディがもたらした災難に注目し、現地へ行き、支援活動を行いました。
被災した世帯は必要なときに支援を届けてくれた大愛を忘れることはありません。
そして今度は彼らが愛を伝えていきます。
ハリケーン・サンディから三年が経ちますが、慈済米国のニューヨーク支部では今でも多くの被災者達から感謝の手紙を頂いています。手紙の行間には真心を込めた感謝の気持ちが込められています。小切手が同封されていることもあります。会員になった人もいます。数年前に何も求めずに奉仕したボランティア達は、このような愛に溢れたお返しをもらったことを嬉しく思うとともにまた驚いています。
二〇一二年十月二十八日、ハリケーン・サンディはアメリカ東部に重大な損害を与えました。被災後すぐに冬の寒波に見舞われ、電力とガスの供給が停止された被災者達はさらに苦しい状況に追い込まれていました。ニューヨークの慈済ボランティアは総動員で災害状況を調査し、炊き出しを行いました。その後三十回に上る大型物資配付を行いました。一世帯当たり三百から六百ドルの現物引き換えカードを配付しました。二年連続で冬用の衣類を配付し、とくに貧しい世帯を訪問し、現物引き換えカードを配付しました。合計で約一万六千世帯に対し、一千万米ドルを超す金額を援助しました。
被災者には貧しい生活を送る不法滞在の移民もいれば、高級住宅地に住んでいる裕福な世帯もありました。災難はどれだけ財産があるかに関係なく、平等にやってきます。現金と同価値のデビットカードは速やかに各被災世帯に届けられ、人々の心を温めました。
ソリブン夫妻は現在ペンシルベニア州に移住しています。被災した年の十二月に、小切手を同封した感謝の手紙を送ってくれました。手紙には、「ハリケーン・サンディは私や友人、近所の家や建物を破壊しましたが、慈済のボランティアが無条件で手を差し伸べてくれました。あなた方は本当によい団体です」と書いてありました。
ブルックリン在住のパークナーさんとモリーンさんからの最初の手紙には、「まだまだ整理しなければならないことがたくさんありますが、あの時、初めて慈済という名前を聞いた皆は、慈済のことをいつまでも忘れはしません。私たちが最も援助を必要としているときに援助を頂きました。今は他の人を助ける機会ができて、とても嬉しいです」と書いてあります。今年もまたクリスマス前に感謝の気持ちを込めて寄付をしてくれたのでした。
二〇一五年の感謝祭が過ぎた後、ロングアイランドに住むリールさんの妹さんがリールさんに代わって書いた手紙が届きました。その手紙には、リールさんが同年の夏に亡くなったことがと記されていました。「姉は生前、慈済のことを大変褒めていました。もし彼女がもう少し長く生きていたら、必ず忠実な寄付会員になっていたに違いありません」と書いてあります。
クイーンズに住んでいるオサリバンさんは八十歳近くで、ハリケーン・サンディで被災し借金を抱えてしまいました。ボランティアに感謝するためと、ハリケーン・サンディから二年後、二十ドルの寄付を送付してくれました。
啓発された一つ一つの善意は限りなく温かい愛の力を生み出し、これからも続けてさらに多くの被害者の心を温めていくことでしょう。
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