どしゃ降りの中、人の群れに三人の子どもが混じって立っていた。雨に濡れながら静かに待っている。彼らは慈済基金会が配布する作り立ての温かい昼食を待っているのだった。
三人の間柄が兄弟か隣近所、それともクラスメートなのかは特定できないが、そのような私の疑問は彼らにとってはどうでもよいことである。雨の中びしょ濡れで待っていても平気のようで、ただ、「食べ物がもらえるかどうか?」が肝心なのである。
シエラレオネ共和国の首都フリータウンのクラインタウン海岸近くに位置するカルバートという貧困地域では、この日、慈済基金会がお昼に三つのルートに分かれて、温かい食事を配付していた。ところが、にわか雨がやってきた。配付は露天で行うため雨やどりする場所がないのだが、雨具を持たない住民たちは、列に並んだまま離れようともしない。列に戻った時に食べ物がなくなるかもしれないからだ。そのため、あの場面で慈済基金会は配付を続けるほか仕方がなかった。
七月、八月はシエラレネオ共和国の雨季である。にわかに降り出した雨はすぐに止んでしまうので、現地の人は慣れっこになっているようだ。雨の中でも仕事や日常の生活を継続し、違和感を感じることはない。
皆が首をかしげたのは、雨が例年より多いことで、とくに八月は、連続的に降った大雨が記録を更新した。下水道設備が不完全なフリータウン一帯は洪水で浸水した。
もっと被害が深刻なのは、フリータウンから十キロほど離れたリージェント村だった。小高い丘に位置した村が、三日間連続的な大雨に見舞われて地盤がゆるみ、ついに八月十四日の早朝、土石流が発生した。市街地に面した山の斜面はまるで外皮が剥がされたかのようだ。土石は雨水とともに延々と六キロも流れ下った。舞台の幕が降りる時のように、瞬く間に途中の三百五十世帯の家屋が埋もれ、死者約五百人と八百人以上の行方不明者を出した。約六千人の被災者に、仮住まいを提供するなど、生活の援助をしなければならない。
災害が発生した後、国際的NGOが動き出した。台湾慈済基金会をはじめ、国際赤十字、ユニセフ、世界食糧計画署、ヒーリー国際救援財団、フリータウン‧カリタス財団、レンイ財団が、続々と緊急に被災者のニーズに応えて、テントキャンプや洗面設備やトイレ、そして食物と飲料水など日常生活に必須な物資を提供した。
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●温かい食べ物がつめられた容器を持って、雨の中、小女は嬉しそうに走りながら家路につく。 |
同じような災害に襲われた経験のない人は、「山の斜面は地盤が弱く、住むのには適さないと分かっているのに、なぜそこに住んでいるのか?」と疑問を抱くだろう。そして、雨が降る度に必ずと言っていいほどフリータウンが洪水に見舞われるのはなぜだろう、と思っているに違いない。
初めの疑問に対して答えることはできないが、不思議に思うのも理解できなくない。なぜもっと環境のよい住まいを選ばないのか。もし、同じ疑問をカルバートの住民に聞いたとしても、答えは返ってこないないだろう。彼らにはそこに住む以外、ほかに選択肢がないのだ。
次の疑問に対して言うと、フリータウンにはもともと下水道や排水溝といった設備がなかった。それに、都市全体が山と海の間に位置し、雨が降れば山からの水は町を縦断して海に流れ出るしくみになっている。フリータウンの市街が水路のようになって、雨の度に洪水になるのも宿命的だと分かる。
洪水で被災した土地は何カ所かあるが、カルバートでは、千人以上の住民が浸水で惨めな暮らしに耐えていた。中には妊婦が二十九人、赤ちゃんを産んだばかりの産婦が四十人含まれていた。また、障害者十二人と持病を抱えた患者も二人いることを知った。
洪水に加え、元より苦しい生活を強いられていた住民は苦難の窮地のどん底へ突き落されてしまった。そこで慈済人が今ここに姿を現すことにしたのである。
ようやく雨がやみ、温かい食事の配付も終わった。皆は今日もらった食べ物で空腹を満たしたが、明日はどうなるのだろうか。この疑問への答えはまだすぐには出ないだろう。だが、慈済人がまたきっとシエラレオネ共和国に戻って来るということだけは、はっきりと言える。
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山あり、川あり・・・
フリータウンのクラインタウン海岸に位置したカルバート貧困地区を見おろすと、
サッカー場が二~三面入る広さに千人以上の住民が住んでいた。
元より生活に苦しい地域であり、洪水の被害でさらに窮地のどん底へ突き落とされてしまった。
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家の前後
フリータウンには下水道施設が不足し汚水処理設備もない。大雨が降れば水が道路を伝い、海に面したカルバートは海に流れ込む前の水が通る「水路」と化す。経済事情のよくない貧民区には、水道も電気もなく、家畜と同居の上、排泄物もきちんと処理されていないため、衛生面を心配される。
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隣近所付き合い
クールヴェルトには低所得者と無職の住人が多い。日ごろ隣近所で井戸端会議をして時間をつぶす。住居は隣とのすき間がなく乱雑に立ち並び、曲がりくねった路地を歩くのは容易ではない。こうした町の構造が隣近所の間の密接な絆をもたらしたのだろう。(上図)狭い家では、若い裁縫師が隣近所の衣服を直し、生計を営む。(下図)
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生計を営む
子どもは道端でお菓子を売り、大人は肉体労働で生活費を稼ぐ。カルバート地区の街角で見られる日常生活の光景である。
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童と青少年
屋上で干した衣服を洗面器に取り込み、それを頭に載せてゆっくりと梯子から下りて来た女の子。クールヴェルト地区には、子どもがとくに多いが、教育環境が整っておらず、地区や国にとって大きな社会問題となっている。
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